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2017.03.18

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第57回 矢野博/ラクロス

共に歩み続けた四年間

 勝利のために、フィールド内外でチームをけん引し、常に組織の先頭に立ち続けなければならない。主将とは、そのような重圧と責任を一身に背負うポジションである。今年度早大ラクロス部の主将を務めたのは、DF矢野博(商=神奈川・逗子開成)。主将就任当初は「不安しかなかった」と語る矢野。その大役を果たし終えた矢野の四年間を振り返る。

 ラクロスでは、3回行われる新人戦の戦績でその代の強さが図られる。早大は特に、新人戦で優勝することが目標であり、使命とされている。最初の新人戦、サマーステージ。結果は3位だった。矢野はこの時、ショックと衝撃を受けたと言う。同大会4連覇を果たせず、伝統を途切れさせてしまったこと。そして『ワセダ』を背負っている自分たちは強いと実力を過信していたこと。初の公式戦を通して、ラクロスへの向き合い方が変わった。どうすれば勝てるのか、学年キャプテンを務めていた矢野を筆頭にミーティングを重ね、がむしゃらにラクロスに打ち込んだ。その成果は、二度目の新人戦、ウィンターステージでの優勝となって現れる。そして最後の大会でも優勝――とはならなかった。あすなろカップではまさかの予選敗退。再び厳しい現実を突き付けられた。矢野はそこで個の強さの必要性を痛感する。そしてそれは、矢野が主将就任後にチームの軸として据えるものへとつながっていく。

 2年生までMFでプレーしてきた矢野は、3年生からDFに転向した。矢野は、四年間のラクロス生活の中でロング1年目のこの時期を、「一番辛かった」と振り返る。同じDFの4年生に怒られっぱなしの毎日。「お前はもういい」といつ言われてもおかしくない状況だったと言う。しかし、矢野がラクロスを辞めたいと思うことはなかった。「早くもっと上手くなりたい」という一心で練習に励み、矢野は見事にスタメンを勝ち取る。そんな自分を根気強く育てながら、ストイックに練習を積んできた当時の4年生が率いてきたチームは関東ベスト4で姿を消した。「あれだけやっても勝てないのか」。勝つためには死に物狂いの努力が必要だと感じた瞬間であった。そして前年度の主将・畑田峻希氏(平28スポ卒)の背番号21を継いだ矢野は、再び『日本一』を目指すべく、主将に就任した。

最前線でチームをけん引し続けた矢野

 矢野が主将として常に思っていたことは、「自分が一番苦しまなければいけない」ということ。上に立ち、指示を出す以上は自分が努力している姿を見せなければいけないと考え、走り込み1本にも全力で取り組んだ。それは絶対的なエースとして魅せるラクロスでチームを引っ張るプレーヤーではない矢野が、どうすれば部員が自分に付いてきてくれるかを悩んだ末に出した答えでもあった。また、4年時の早慶定期戦での接戦の末の敗戦を経て、1点の重みと、どんな状況でも冷静に戦うことの大切さも改めて知った。そして、チームは関東学生リーグ戦(リーグ戦)の日体大戦で接戦を制するなど、着実に成長を遂げていく。だがリーグ戦ファイナル4で敗戦し、ワセダを背負って臨んだ最後のリーグ戦は志半ばで終わりを迎え、『日本一』の夢は後輩たちへ託すこととなった。矢野は後輩たちに、チーム内での競争の激化を求めている。味方同士でしのぎを削りあえば個の力はより磨かれ、チーム全体の底上げにつながるはずだ。そうすることで自分が率いたチームを超えていってほしいと矢野は願っている。

 卒業後も競技を続ける矢野の今後の目標は、日本代表に名を連ねること。仕事と両立しながら、社会人チームで鍛錬を重ねていく。ラクロスを「なくしては生きていけないもの」と矢野は言う。そう語るほど、ラクロスと共に歩んできた四年間であった。新たなフィールドでの矢野の挑戦は、これからも続いていく。

(記事、写真 小川由梨香)

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