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2017.03.23

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第68回 本田宗詩/ラグビー

疾風勁草

 12月17日、本田宗詩(スポ=福岡)は選手としてのラグビー人生に別れを告げた。全国大学選手権(大学選手権)準々決勝の同大戦、早大はあっけなく散った。本田は「大学選手権終了後、この試合を何度も見返した」と語る。大学生活4年間で一度も『荒ぶる』へ届かなかったことに悔しさをにじませた。日本一になることはワセダラグビーの宿命だ。誰よりも勝利にこだわり、ラグビーに対して真摯に向かう。そんな姿勢がトライを取り切るその背中に表れていた。

 小学生の頃から、ラグビーが強く、学問の面でもハイレベルである早大に憧れ、自分も強いワセダラグビーを体現したいという思いを寄せていた。高校卒業後は同じ高校の山口和慶(スポ=福岡)と共に一般入試で早大への門を叩く。

頼れるトライゲッターとして活躍した

  しかし、入学してから必ずしも万事順調にいったわけではなかった。7人制などでの活躍が光ったが、2年春シーズンではまだ赤黒ジャージを着られるかどうかの瀬戸際。そんな時に転機は訪れた。2年時の夏合宿の帝京戦に視察で来ていたエディ・ジョーンズ前日本代表監督が、『印象に残った選手』として本田を取り上げたのだ。「一般入試で雑草魂でも努力すればしっかり実る」。そう感じた本田は努力を積み重ね、見事スタメンの座を奪い取る。ケガに悩まされた時期もあったが、復帰して自分が赤黒の14番を着るということだけをイメージしてリハビリに励んだ。

 4年生になり新体制で副将としての一年を迎える。春シーズン、選手たちが今までとは違った環境にやりづらさを感じていたこともあってか、なかなか思った通りにはまとまらない。本田自身も、体づくり中心の練習であったため負けるのは仕方がないと割り切っていても、勝てないのはつらかった。しかし、その苦しい時期を乗り越えると、夏合宿以降に新体制で力を入れていたことが芽を出し始める。チームは次々と勝利を収め、「この人たちについていけば勝てる」と思った。だがその一方で、秋シーズン序盤は自身の不調に苦しんでいた。春とは打って変わって自分のプレーが出来ない。トライを取り切って背中で示す副将を目指していたという本田には、成果を出せない自分がふがいなかった。だが、やはりこの男はそのままでは終わらなかった。シーズン終盤では、緩急の鋭いステップで強豪校を相手にトライを挙げる。関東大学対抗戦2位へと導いた。

 卒業後は、プロの道ではなく、一般企業への就職が決まっている。就職活動の時期はラグビーを続けるかで悩んだ。しかし、『ラグビー』というより『ワセダラグビー』が好き、スポーツでも勉強でも一番上を目指したいという思いで早大進学を決めた本田はラグビー以外の道を選んだ。以前父親の仕事の関係でウクライナにいた経験から、将来的にはグローバルに活躍していきたいという。これからはグラウンドから世界へと舞台を移して戦っていく。きっと、世界というフィールドを駆け抜けていってくれるに違いない。

(記事 高橋里沙、写真 寺脇知佳氏)

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