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2017.03.07

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第45回 森浩輔 /自転車

全力で駆け抜けた日々

 「悔いなくやり切ってほしい」。ワセダの自転車部の主将を務めあげた森浩輔(スポ=神奈川・横浜)の後輩への言葉である。3年時には主務を、最終学年では主将を務めチームの中核を担ってきた森には様々な困難があった。強くなるためには何をすればいいのか模索し続けた男の足跡をたどる。

 森が自転車競技を始めたのは高校生の時。元々は野球をやっていたが、肘を故障し野球の道を諦める。何か新しいことを始めたいと思い出会ったのが自転車だった。競技を始めた森はすぐにのめりこんでいく。しかし、ワセダの自転車部に入部後挫折を経験する。浪人時のブランクがあり、同期のスポーツ推薦生たちとの実力差も大きかった。毎日の練習はこなすだけで精一杯。それでも全体練習だけではなく、自主練としてウエイトリフティング部のコーチに個人指導を依頼。ウエイトトレーニングを取り入れ、授業でもスポーツ栄養学を学んだ。食事面にも気を使うようになり着実にタイム伸ばしていく。こうした努力が実を結び2年時の全日本大学対抗選手権(インカレ)はタンデムスプリントで入賞を果たし、飛躍のきっかけをつかむ。

最後まで勝利を追い求めた森

  最終学年になった森は主将に就任する。3年時に主務を経験し部についての理解が最も深く後輩からの人望が厚かったことも理由となった。一方で、自分が引っ張っていけるのかという不安は少なからずあり重圧も大きかった。他の同期に比べ実力が劣る分、自分の言葉に説得力が欠けていると自覚していたからである。「自分が怠けてたらチームとして成り立たない」。チーム内で一番努力すると決め、オフの日であってもバイクを寮の中でこいだ。あえて後輩から見られる場所で練習を行うことで部の意識を高めた。また主将になった森は自分が常々考えていた部員の練習に対する姿勢の改善にも取り組んだ。今までの練習をただこなすだけとなっていたものを自主的な練習を増やすことでチーム全体が考えて練習に取り組むようになったのである。迎えた学生最後の全日本大学対抗選手権(インカレ)。タンデムでは目標の優勝には届かなかったが、接戦となった順位決定戦をタイヤ差で制し勝利で締めくくった。レースを終えた森に悔いはなかった。

 本来ワセダで自転車競技を続ける気はなかった。受験時代のブランクもあり、体育会でやろうとは考えていなかった。ワセダの監督である鈴木芳文監督(昭42商卒)から入部を後押しされ始めた自転車部。2年時にはインカレ入賞という結果を残し、4年時には主将としてチームをまとめ上げた。「悔いなく終われたことで新たな目標に向かって頑張ろうと思える」。自転車は大学卒業後継続しない。4年間で燃やせるものはすべて燃やし尽くし未練はなかった。森は大学で得た財産を胸にしまい人生という名のロードを駆け抜けていく。

(記事 喜柳純平、写真 橋本望)

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