その他

« 特集に戻る

2017.03.06

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第44回 吉田良平/準硬式野球

強い気持ちで

 高校時代に甲子園に出場した選手も数多くいる早大準硬式野球部。そんな中、吉田良平(スポ=岐阜東)は夏の大会で三年間とも初戦敗退の弱小校出身。決してエリートとはいえない男が、最終学年でようやく名門・早大のホットコーナーの座を確かなものにした。一筋縄ではいかなかったそれまでの道のりを振り返っていく。

 大学入学当初は野球部のトレーナーであった。スポーツ科学部を志望したのもスポーツトレーナーになりたいという夢があったから。しかし、次第に気持ちが変わっていき、半年ほどで野球部を退部。普段、野球部の隣のグラウンドで練習をしていることから比較的身近な存在だった準硬式野球部に興味を持ち、今度は選手として準硬式野球部の門を叩いた。

 「にぎやかな雰囲気で楽というか軽いノリの部活」という印象を持っていたという。だが、入部すると個々の能力の高さや練習への意識、姿勢を肌で感じることになる。入部後、しばらくは出場機会にも恵まれず、ますますレベルの高さを痛感した。「準硬式野球部に入ったのは試合に出たいから」。まずは得意であった守備を伸ばすことで足掛かりをつかもうとする。学生コーチに毎日のようにノックをしてもらい、その都度アドバイスを受けて技術向上に努めた。その努力が認められ、2年夏からはベンチに入る機会が増えたが、それでも当時は正三塁手に吉田良も「本当に飛び抜けてうまかった」と振り返るほど守備に定評のある松本憲太郎(平28スポ卒=福岡・筑紫丘)がおり、守備固めとしても機能できず悔しい思いをすることもあった。それから3年生になり段々と出場機会を増やしていき、三塁の定位置をつかんだのは4年生のときのこと。「絶対に負けたくない」。強い覚悟で最終年に臨んだ。

最後の優勝決定戦となった早慶戦について、「四年間で一番幸せだった」

 迎えた2016年。意識していたことは後輩に積極的にアドバイスを送ること、そしてスタメン唯一の4年生として「広い視野を持って、守備でチームを鼓舞する」ということ。春は個人としてもチームとしても結果が出なかったが、秋はその真価を発揮した。吉田良は開幕戦から安打を量産、チームもスタートダッシュに成功。その後も『2番・サード』で全試合にスタメン出場し、初の規定打席到達にして打率は3割越え、そして鍛えてきた守備でも無失策を記録し、ベストナインを獲得。チームもリーグ優勝こそ逃したものの最後まで激しい優勝争いを演じた。そうして激動の四年間は幕を閉じた。

 泥臭くやってきた四年間だった。準硬式野球部について「ここまで野球を真剣にできる場を与えてくれて感謝してる」としみじみと振り返った。一時は野球をやめようとも考えた大学生活。最後に一花咲かせてみせた。

 最後にこれからのチームへの一言を頼むと、「頑張っているけれど伸びきっていない選手に期待してる。そういう選手たちに今のレギュラー陣を脅かしてほしい」という言葉が返ってきた。それはまるで過去の自分に向けているかのように聞こえた。

(記事 加藤耀、写真 新津利征)

« 特集に戻る