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2017.03.03

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第40回 島田きらら/バドミントン

苦悩の先にあったもの

 『自らやろうよ』。この監督の格言のおかげで、バドミントンの実力だけでなく自ら行動する力を養い、人として成長することができた4年間となる。主将となってからはたくさんの苦悩があったが、「ワセダの主将として1年間やってこれてよかった」と島田きらら女子主将(スポ=青森山田)は笑顔で語った。卒業後は実業団で競技を続ける。

 兄の影響で小学校3年生のころからバドミントンをはじめる。進学した地元の中学校では恩師と運命的な出会いをし、バドミントンの実力が飛躍的に上達した。中学校2年生のころに全日本中学校大会のシングルスでベスト8入りを果たし、3年のころにはジュニアナショナルメンバーU-19に選出される。ここでの3年間を通して島田は「本格的にバドミントンをこれからも続けていこう」と決意した。高校では、地元を離れ名門・青森山田高校に進学し主力として活躍し、高校2年生の時には総体の団体戦で優勝。その後、「練習の自主性」に憧れてワセダを選んだ。

主将としての役割を果たした島田

  入学した後は、1年生の時から主力として活躍。試合を重ねるにつれて着実に力をつけていった。3年生の時には齋藤太一(平28スポ卒=現NTT東日本)と組み、全日本学生ミックスダブルス選手権で優勝し、全日本総合選手権の本選出場を果たす。4年生となってからは女子主将としてワセダのバドミントン部を担う立場となる。

 主将となったばかりの時は、練習の自主性が裏目となり「勝っても負けても自分の責任」という重圧に打ち負けそうなときもあった。しかし、同期の2人の支えもあり、1年間をやり切ることができた。主将としてのこの1年間では全日本学生選手権(インカレ)の団体戦で島田がワセダに入学してから一度も越えたことがなかったベスト8のカベを突破。準々決勝では前回大会2位の龍谷大にフルゲームの末劇的な勝利を収めた。島田自身龍谷大戦は4年間で「一番忘れられない試合」だと話し、2位という好成績を残せてよかったと笑顔で語った。しかし、今までもこれからも女子部の目標は「インカレ団体優勝」。島田は自分たちが果たすことのできなかった「インカレ団体優勝」の夢を後輩たちに託した。

(記事 佐藤菜々、写真 橋本望)

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