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2017.03.01

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第38回 淡海昇太/ボクシング

『強い男』であり続ける

 何事にも実直に、正々堂々と挑む。そんな『強い男』を思い描いて戦い続けた男がいた。淡海昇太(教=神奈川・浅野)。選手として、主将として、伝統ある早大ボクシング部を率いたその軌跡を振り返る。

 淡海がボクシングと出会ったのは中学生の時だった。小学校6年間空手に取り組み、己の身一つで相手と闘う楽しさを感じていたため、中学校でボクシング部に入る決断をする。高校進学後も高校総体や国体に出場しながら、一方で文武両道を掲げて勉学にも励み、大学でもボクシングをしたいという思いから、ワセダを選ぶに至った。

ワセダを背負い、果敢に闘う淡海

 1年生のころから数多くの試合に出場した淡海。築き上げたスタミナで3ラウンドをしっかり戦い、的確なジャブで着実に相手を追い詰めていくボクシングスタイルが魅力である。しかし下級生の頃は、試合にあたっての緊張や、強気に出られないという点から、なかなか関東大学リーグ戦(リーグ戦)で勝てなかった。思うように結果につながらないことに苦しみ、ボクシングをやめてしまおうかと悩むときもあったという。「変わりたい」、その思いから、淡海はプロのジムにも通った。プロで活躍する選手の中で練習に取り組むことで、ボクシングを基礎から見つめ直し、自信を付けていったのだ。3年生になった淡海は、リーグ戦、初戦で、1年生の時に敗北した因縁の選手を相手に勝利を収める。「相手選手への念入りな研究と対策、そして冷静な判断が勝利に結びついた」と分析し、「やっと自分の力がワセダの役に立ったという大きな達成感を味わった」と当時を振り返る淡海。その強みはまさに、己をよく見つめ、努力を惜しまず前進を続ける姿勢だといえるだろう。そして、4年生になった淡海は、主将という新たな役目を担うこととなる。

 主将になる前年、早大ボクシング部は惜しくもリーグ戦2部から3部へ降格してしまい、淡海は、憧れていた先代主将たちを超え、自分の代で絶対に2部に昇格せねばと意気込む。主将になった後は強い責任感を抱き、誰よりもしっかりとして、完璧であることに努めた。「口下手だからこそ信念を持って、誰よりも真摯(しんし)にボクシングに打ち込もうと思った」と、主将としての自身を振り返る淡海はまさしく、背中で語る男であったといえるだろう。一方で、主将という立場を経て、それまで一選手として己に勝つことを強く意識していた淡海は、大切な気づきを得る。それぞれの目標や夢を抱きボクシングと向き合う他の選手と、共にワセダを背負い戦っていることを再認識し、周囲の支え、そのありがたみを改めて実感したのだ。それらを思いながら励んだ淡海はまた一つ強くなり、4年生ではついに関東大学トーナメントで優勝を果たす。引退試合となった最後の早慶戦では惜敗を喫したが、「4年間自身を支えてくれた周囲の人々に己の全てを披露することができた試合だった」と語った。

 ボクシングに取り組む中で、自身の描く『強い男』の姿勢を貫き続けることができたという淡海。自身にとってボクシングは、「多くの経験を積み、様々な出会いを果たすことができた、一番大切なもの」だと語った。卒業後は社会という新たなリングで、これからも、そのリーダーシップや真摯な姿勢、『強い男』の心と共に闘い続けていくだろう。

(記事 庄司笑顔、写真 新津利征)

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