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2017.02.24

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第29回 多胡島伸佳/レスリング

頑なに己のレスリングを求めて

 1年時にJOCジュニアオリンピックカップで人生初となる全国タイトルを獲得。2年時には全日本学生選手権と内閣総理大臣杯全日本大学選手権を制し学生2冠を達成。上級生となってからも3年生の天皇杯全日本選手権で日本の頂点に立った。4年生で明治杯全日本選抜選手権を制し世界選手権でも5位入賞を果たす。毎年、より高いステージで結果を残してきた多胡島伸佳(スポ=秋田・明桜)。しかしながらすべてが良かったという年はなく、「波乱万丈だった」と本人は振り返る。「だからこそ常に満足しなくて済んだ」。

 多胡島が早大レスリング部の門をたたいたのには2つの要因がある。早大の伝統でもある独創性と自主性だ。他大のレスリング部と比べて比較的練習時間は短いが、この2つを柱として練習が行われている。「後輩が全日本で活躍しているのを見て、伝わったのかなと思っています」。多胡島が大切にしてきたものは確実に受け継がれている。しかし一時期団体戦での成績が低迷したときに、部として方針をどうするのか迷うこともあった。「良いと思っていたところも潰されそうになってしまいましたね」。良い所を保ったうえで変える、想像以上の苦労の上での今がある。

中央が多胡島。数々のタイトルを獲得するも見据えるのはその先だ。

 多胡島はただ1人で突っ走ってきたわけではない。小学生からの付き合いがあるという吉川航平主将(社=秋田商)との信頼関係の上に、部をまとめてきた。業務的な部分は吉川主将が、マット場でのテクニカルな部分は多胡島が。「お互いの共通認識もあったし、長くいたからこそできたのかなと思いました」。同時に後輩への感謝も計り知れない。付いてきてくれた後輩の存在が支えともなっていた。

 勝利が一番大切ではなく、本当に大切なときに勝つための地力をつけるための戦い。3年後の東京五輪を目指し、体重やフィジカルだけに頼らない技術を身に着けている。多胡島の4年間を漢字1文字に表してもらうと、『頑』。頑なに自分の考えを貫き通し、日本チャンピオンまで上り詰めた。多胡島イズムが完成した先に見えるのは、東京五輪のマットだ。

(記事、写真 杉野利恵)

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