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2017.02.23

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第28回 平山璃菜/女子バレーボール

仲間の支えがあってこそ

 「申し訳ない気持ちはあるが、4年間ここでプレー出来て嬉しい」。平山璃菜(スポ4=東京・文京学院大女)は自身が早大バレー部で過ごした時を追憶し、こう言って笑った。1部リーグに昇格した喜びと、ケガで試合に出られず、チームは2部リーグに降格してしまった苦悩。その両方を知る彼女の、激動のバレー人生を顧みる。

 平山のバレーとの出会いを振り返ると、12年前にまで遡る。2人の姉がバレーをやっており、その付き添いで彼女も幼少期から体育館に通っていた。小学3年生の頃に姉らのように本格的にバレーを始めると、強豪文京学院大女子中学に進学。中学2年生の時には全日本中学選手権で準優勝を経験する。平山のバレー人生は順風満帆かと思われた。しかしその翌年、自分たちの代になり迎えた同大会では、関東にも出られず敗退してしまう。そこまで20年連続で関東大会出場という学校の輝かしい記録を途切れさせてしまったことに大きなショックを受けた。高校ではその悔しさをバネに練習に励み、主将も務めたという。この時のコーチが早大バレー部のOGであったことに縁を感じ、早大進学を決意。未来の主将はワセダのバレー部の門を叩いた。

 平山が早大バレー部に入部した矢先のことだった。春の入れ替え戦に敗れチームは2部に転落。沈んだ状態からの発進に焦るも、なかなか試合に出られず歯がゆい思いをする。2年生になって迎えた秋季関東大学リーグ戦でスタメンを勝ち取ると、平山は持ち味の多彩な攻撃パターンを駆使し、その座を確実なものにしていく。そして、悲願の時は3年の春に訪れた。破竹の勢いで2部リーグ1位になり、迎えた入れ替え戦。接戦にもつれ込むも、決勝のスパイクを放ったのは平山だった。ついに勝ち取った1部リーグへの昇格。それは同時に、今や平山がチームにとって欠かせない存在であることの証明でもあったのだった。

サーブを打つ平山

  早大バレー部は学生自主の精神を重んじる。監督も手が回らない部分が多いため、主将の負担はそれだけ大きい。そんな重役に同期の推薦により就任した平山は、みんなの期待に応えようと人一倍努力した。プレーでチームを引っ張るキャプテンを方針としていたが、秋季リーグ戦が始まる前にケガをしてしまい、コンセプトを変えざるを得なくなる。コートの外に出た平山に待っていたのは煩悶だった。プレーをしていないのにチームに指示を出さなくてはならないため、コート内のチームメイトに疎まれているのではないかと不安になることもあったという。そんな時励みになったのは、同じくケガで試合に出られなかった及川(香菜、スポ4=宮城・古川学園)を初めとした、同期の存在であった。4年間同じ時を刻み、嬉しいことも辛いことも共に分かち合った。平山はそんな彼女らについてこう語る。「苦しいときに傍で一番支えてくれたのは同期でした」。同期の協力あってこそ務め上げられた主将であった。

 卒業後は本格的にバレーをするつもりは無いという平山。しかし、コートの内と外の両方を経験することにより培われたリーダーとしての度量は、どんな場面でも強みとなるだろう。激動のバレー人生を歩んだ彼女は、競技から距離を置いてもその統率力を武器に新しい道を切り開いていく。

(記事 坂巻晃乃介、写真 鎌田理沙)

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