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2017.02.16

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第17回 河合祥樹/男子バスケットボール

継がれていく魂

 絶対にミスをしないだろうという安心感。コートの中で指示を送り続ける姿。まさに『司令塔』という言葉がピッタリ。河合祥樹(スポ=京都・洛南)はそんなプレーヤーだった。個性的で派手なプレーヤーの多いワセダを主将として率いてきたこの男はこの春卒業を迎え、同時にプレーヤー人生にピリオドを打つこととなった。入学直後から常にチームの主力選手として戦ってきた4年間は、簡単な道のりではなかった。

 河合とバスケットの出会いは、小学校入学前までさかのぼる。姉の影響、そして太っていた体格をなんとかするために、1番走るだろうバスケットを選んだという。ひょんな理由で始めたバスケットであったが、めきめきと実力を伸ばす。中学校で全国大会に出場、高校では超が付くほどの名門校、洛南高校で主将を任されるなど、常に全国屈指のプレーヤーとして脚光を浴びる存在となっていった。しかし「正直、高校3年間が濃い3年間だったので、大学にバスケをそんなに重要視することはなかった」と語ったように、当初大学バスケットへの思い入れはそう大きなものではなかった。

河合は4年間チームの核であり続けた

 母校の先輩が多かったという理由で入学した早大での初年度、ここで大きなカベにぶつかることとなった。ここまでのバスケ人生では勝つことが当たり前のような環境だった中、関東大学リーグ戦(リーグ戦)で負け続ける日々が続く。主力として試合に出場しながらも、「勝ち負けも気にせず、なんとなくやっているだけだった」と当時を振り返った。そんなチームは2部降格の屈辱を味わった。どん底から始まった大学でのスタートだったが、この1年間の経験は非常に大きな経験となったという。バスケットに対する考え方が変化し、再び本来の楽しさを感じながらプレーできるようになった。1年での復帰はならなかったものの、3年次に人生で初めてだったという大きな怪我を経験しながらも、目標であった1部復帰を果たす。その時強く感じたのは喜びと同時に、4年生の存在の大きさだった。言葉やプレーで全員を引っ張り1部で戦う機会を与えてくれたこの先輩たち背中を見て、自分も来季は最上級生として何か後輩に残していけるようになりたい。そういう思いが芽生えた。

 迎えた最終学年。河合は同期全員からの推薦を受けて主将に就任する。後輩たちに残そうと考えたのは、1分1秒手を抜かないハードワークの大切さや泥臭さといった『ワセダにしかない部分』であった。始まったシーズン最初の公式戦の関東大学選手権、そうした『ワセダらしさ』を武器にチームは快進撃を見せ、目標であったベスト4入りを果たす。しかし、河合は満足することはなかった。ベスト4以上のチームとの大きな差を感じさせられたからだ。「優勝を目指すチームに勝つためには、自分たちも優勝を目指して戦わなければいけない」とそれ以降の練習はさらに熾烈を極めた。優勝という目標を掲げ臨んだ最後のリーグ戦。慢性的な肩の痛みと戦いながらも、力強くチームを引っ張り、チームも5位という成績を残した。周りからは健闘を称える声も多く上がった。それでも河合は納得しなかった。「これだけやってこの結果は、後輩に残せるものも少なかった」と振り返る。優勝を目指し、過酷な練習を超えてきたチーム全体の努力を誰よりも知っていたからだった。4年生になった河合は、1年次のリーグ戦の時とはすでに別人となっていた。

 「いい意味で苦しい場所だった」。ワセダのバスケット部はどんなところであったのかという質問に、河合はこう答えてくれた。苦悩、重圧、責任。かつて経験したことのないような多くの事を経て成長することができた。卒業後は高校の体育教員として、いずれは高校生にバスケットを指導していきたいという。この4年間で学んだ多くの事を糧に、新たなステージに進んでいく河合。その魂は、ワセダのバスケットボール部のみならず多くの人々に受け継がれていくことだろう。

(記事 秋間勇人、写真 橘高安津子氏)

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