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2017.02.15

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第15回 金子立樹/アイスホッケー

自分の力に変えて

 試合が始まり、真っ先にパックに触れる――。その一瞬をつかむのは、第1セットのセンターフォワード、金子立樹(スポ=北海道・駒大苫小牧)だ。ワセダの看板であるこのセットの中心を担い、得点を奪う。勝利に貢献してきたその男は、はじめからチームの主力だったわけではない。抱えた悩みや不安を自分の力へと変えていき、ワセダの核となる存在へと成長を遂げていった。金子立の四年間はどのようなものだったのか。

 選手であった父の影響もあり、物心ついた時からアイスホッケーをプレーしていた金子立。高校時代、尊敬する先輩である池田一騎(平27スポ卒=現日本製紙クレインズ)がチームに入っていたこと、そして自身がエンジのユニフォームに袖を通してプレーしてみたいという思いを持っていたことからワセダに入ることを決意する。満を持して入学した一年目には、第3セットとして起用された。試合へ出場できることをうれしく思う反面、得点に絡むようなプレーは思うようにできず。当時すでにFWとしてチームに大きく貢献していた同期の青木優之介(スポ=埼玉栄)や寺井敏博(国教=米国・チョートローズマリーホール高)に対し、「自分も点数を取って活躍したい」と悔しさを抱えていた。

いかなる時でもパックに食らいついた金子

  そんな金子立に転機が訪れたのは、2年の時。当時の監督からの提案で、これまでのウイングからセンターへと変更することになり、第1セットへ抜てき、今まで経験したことのなかったポジションへと移る。はじめは弱腰だったものの、当時同じセットでプレーしていた池田のリードに支えられ、次第に看板セットにふさわしい選手へと成長していく。守りの意識がより強くなるセンターポジションへのコンバートは、これまでの自身のホッケー観を変えることにもつながった。アシスタントキャプテンの印であるAマーク、そして池田から受け継いだ背番号21番をつけることになり、3年次にまたも変化の時がやってくる。ワセダのエース番号であるこの数字。託された当初はプレッシャーを感じていた。「自分自身が活躍できれば、やっぱりエースだなって言われるようになる」。抱いた不安や重圧はプラスに捉え、試合を重ねるごとに自分の力へ、自信へと変えていくことに。この頃にはすでにほとんどの試合で得点に絡み、チームに貢献する存在に。アシストを含め、得点者のリストに金子立の名前を見ない日はなかった。

 チームの中心選手へと育った金子立は、最終学年で主将に就任する。4年生の数も多く、1年次から主力として活躍してきた選手もそろっていたこの年。優勝も狙える、自らもそう感じていた。「自分たちが先輩にしてもらったことを、今度は後輩に」。数年遠ざかっていたタイトルを目指し、動き出したチーム。しかし、予想に反し強豪相手に勝ちを取れない試合が続く。春、夏の大会と無冠のまま迎えた関東大学リーグ戦(リーグ戦)。ここで自身もチームも最も苦しい時期を迎えた。リーグ戦での折り返し地点で、目指していた優勝の可能性が消滅。自分たちでもなにが悪いのかわからない、目標も見失ったままの状態で、ただ連敗だけが重なっていく。そんな中、金子立は練習中に肩を脱臼。今まで自身の経験したことのなかった大きなケガに、氷に乗る仲間の姿をベンチからただ見守るしかないことに、焦る日々は過ぎていった。残す大会はあと一つ。学生生活最後の大舞台、日本学生氷上選手権。出場できずにいたリーグ戦期間、タイトルを取れず積み重なった一年間の思いをぶつけるように、最後まで全力でパックを追いかけた――。結果は準々決勝敗退。後輩たちに残すはずだった、「優勝の経験」はかなわぬ願いのまま終えることとなった。「今年一年間タイトルを、優勝を経験させてあげられなかったのはすごく悔しくて申し訳ない」。悔しい思いを胸にリンクを後にする。

 大学での四年間を終え、今後は社会人チームで競技を続ける金子立。「自分たちの強みを見つけて、チーム一丸となって優勝してほしい」。自身がかなえたかった、かなえられなかった願いは後輩たちへと託して、卒業後は次の道を歩み始める。立ちふさがった困難、重圧や不安を自分のプレーに、プラスに変えてきたこの四年間。大学競技生活を通し培ったその力で、今度は自らの道を切り開いていく。

(記事 冨田千瑛、写真 進藤翔太氏)

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