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2017.02.14

【連載】『平成28年度卒業記念特集』 第14回 佐藤紫生乃/漕艇

 「チームのみんなに会えたこと」。入部して一番良かったことを聞かれると佐藤紫生乃(スポ=宮城・塩釜)はこう答えた。昨季、全日本大学選手権(インカレ)で総合8連覇を達成し、まさに圧倒的な強さを誇る女子部。その女子部を率いた佐藤にとって結果よりも大事にしていたのは仲間の存在であった。常にベター(より良く)を求め続けた女子主将の答えの背景には、「個」が乗り合わせるクルーをまとめる難しさに向き合った時代があった。

 先に競技を始めた兄に負けたくないとの思いで高校から始めた漕艇。その背中を追ううちに、U19日本代表選手強化合宿に参加するほどにまで実力を伸ばしていった。全国優勝レベルの強者が集まる強化合宿。そこには当時早大の土屋愛(平28スポ卒=新潟・阿賀黎明)や榊原春奈(平28スポ卒=愛知・旭丘)も名を連ねていた。新しい環境に飛び込む中で少しでも知っている人がいた方がいいと考えていた佐藤にとって、二人の存在は進路を決めるうえでの一つの理由となった。そして何よりも「やるんだったら勝ちたい」。シンプルだが強い思いは佐藤に早大漕艇部の門を叩かせた。

最後のダブルスカルは最高の思い出だ

 誰かと合わせて漕ぐことの楽しさを知ったのは大学入学後だ。それまでシングルスカルの経験ばかりであった佐藤は、1年生のインカレで土屋とのダブルスカルにおいて初めてのクルーを経験する。今では笑ってしまうほどにその漕ぎはバラバラだったという。しかし心のどこかで勝利を確信し、見事クルーでの初勝利を飾る。二人の実力が揃わないと勝てないダブルスカルだからこそ、勝利したときの達成感もひとしおであった。しかし同年の全日本選手権(全日本)で、黒星を喫する。自分が漕ぎやすいようにと同じクルーの先輩に配慮してもらったにもかかわらず勝てなかった。そのことは佐藤に衝撃を与えた。「自分だけじゃない誰かがいるのはプラスにもマイナスにもなる。それをプラスにしていかないとワセダで漕ぐ人間として資格はない」。早大で漕ぐとは、誰かと漕ぐとはどういうことかを学んだ瞬間だった。

 「このチームが勝つためにだったら何でもします」。女子主将となった佐藤はすべてを捧げる覚悟だった。だが個性の強いメンバーをまとめるのは一筋縄ではいかない。大所帯であるためにメンバーの実力の差が大きいことも問題だった。何をするべきか考えた末、佐藤はチームのメンバーと積極的にコミュニケーションをとるよう努める。組織を良くするためには誰の力も欠けてはいけない。一人ひとりに向き合うことでチームの底力を上げようとした。だがチームがまとまるのには時間を要した。インカレ前まではチームがまとまらず、口には出さなかったものの本当に目標を達成できるのか疑う空気が流れていたという。それでも佐藤はぶれることなくチームを率いていった。そして掴んだインカレ総合優勝。その確固たる強さは、佐藤がやってきたことが間違いではないことを証明していた。部員の士気も高まり、迎えた全日本。意外にもラストレースに抱いていた気持ちは競技が終わる名残惜しさではなく、「やっとボートをしなくていい」と競技から解放される安堵だった。それほどまでにラストイヤーは苦しいものであった。しかし木下弥桜(スポ1=和歌山北)とのダブルスカルにおいて、漕ぐことを心から楽しんでいる自分に気づく。やめたいと思っていたボートに対して名残惜しさも生まれていた。「最後はすごく幸せだった。」と木下とのダブルスカルを語る佐藤。表彰台こそ立てなかったものの、得たものは大きかった。

 「この短い時間にこの仲間と出会って目標に向かえたことは良い経験だった」。そう4年間を振り返る佐藤の顔は晴れ晴れとしていた。守りたいと思える目標、何よりも仲間に出会えたのは漕艇部にいたからだ。卒業後は陸上自衛官として新たな一歩を踏み出す。漕艇から離れることの怖さはあるという。本当にこれでよかったのかと今でも迷いはある。それでも自分にはずっと心に決めていた道があったのだ。競技との決別を誓い、佐藤は次のステージへと進み始めた。

(記事 茂呂紗矢香、写真 黒田菜々子氏)

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