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2017.02.12

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第10回 愛敬彰太郎/競走

ひたむきに戦い抜いた4年間

 102年もの歴史と伝統をもつ早大競走部。常に勝利を求められ、大きな重圧がのしかかる。そんなチームを今季、主将としてけん引してきたのが愛敬彰太郎(スポ=三重・桑名)だ。スランプやケガなどの困難にぶつかりながらも、競技面、さらには人格面で優れた模範となるべく、早大での日々を全力で駆け抜けた。

 そもそも愛敬が陸上競技を始めたのは小学5年生のとき。当時の愛敬はサッカー少年でもあった。中学校に進学した際にはサッカー部に入ることも考えたが、最終的に陸上部に入部。「両親や祖父母が陸上をやっていたということを知っていたので、僕も陸上をやる人だという思いがあったのかも」。本格的に陸上1本に絞り、競技へと打ち込んだ。その後は三重県の桑名高校に進学。高校総体400メートル準優勝、国民体育大会少年男子A400メートル優勝など、全国の舞台で華々しい成績を残した。

  世代トップクラスの選手として早大に入学した愛敬だったが、そこでは苦難が待ち構えていた。決勝に残ることが当たり前だった高校時代とは異なり、予選敗退に終わってしまう試合が増える。さらに自己ベストもなかなか更新できなくなってしまう。「高校時代の自分はトップレベルで、その部分で天狗になっていた部分はあった」と愛敬は当時を振り返る。しかし、愛敬はふてくされることなく努力を続けた。高校時代とはスタイルが大きく異なり、質も量もはるかにレベルが高くなったという練習に初めはとまどいながらも、上級生たちに必死に食らいついた。その努力が実り、愛敬は日々を重ねるごとに着実に成長を遂げる。自己ベストを徐々に更新し、試合でも好成績を収めることができるようになった。次第にチームに欠かせない存在へとなっていく愛敬は、早大での3年目のシーズンを終えると新主将に推薦される。「3年間自分がやってきたことが皆に認められた」。愛敬は快諾し、早大でのラストシーズンに主将として臨むこととなる。

 主将としての1年間は、決して順風満帆とはいえない。ケガに苦しみ、なかなかコンディションを上げることができなかった。「ただ試合に出させてもらってただ走って終わり、という感じで全くチームに貢献できなかった」。結果を出すことができずふがいなさを感じる日々が続く。しかし、そのような状況の中でも愛敬は主将としての役割を堅実に果たしてきた。「ケガをして走れなくても堂々としていたし、言うべきことは言っていた。やるべきことはやっていた。走れなくてもやれるところで必死さというのを主将として他の選手にみせてきたつもり」。迎えた関東学生対校選手権。愛敬を始め有力選手が不調により得点を獲得することができない中、チームは一丸となって要所で得点を積み重ねる。個人種目では結果を残すことができなかった愛敬も、最終種目の4×400メートルリレー(マイル)では1走としてレースを作り、この種目の優勝に貢献する。マイル優勝をもって、早大は悲願のトラック部門優勝を達成。それは愛敬のチーム作りが実を結んだ瞬間だった。「みんなが活躍してトラック優勝できたというのはすごく嬉しかった」。一競技者として、個人種目で結果を残したいという気持ちも確かにあった。それでも、チーム全員でつかみ取った勝利の喜びは主将として何ものにも変えがたいものだった。

マイルで1着でゴールした中野直哉(スポ=長野吉田)に駆け寄る愛敬。喜びを爆発させた

 卒業後は実業団で競技を続ける愛敬。早大でやり残したことを果たしたい、そして自分の可能性を信じてもう一度やり直したい、という思いから競技継続を決意した。目標は世界の舞台で戦うこと。「大学では世界で戦える選手になることはできなかったので、実業団選手としてこの夢をかなえたい」。愛敬は夢に向かってこれからも走り続ける。

(記事 大庭開、写真 鎌田理沙)

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