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2017.02.12

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第11回 平和真/競走

挫折を乗り越えて

 自分のことをしっかりやれば、それが1番チームのためになる。そう信じて駆け抜けた1年間だった。今季駅伝主将を務めた平和真(スポ=愛知・豊川工)は誰よりも自分に厳しく、そして優勝を本気で狙うチームを作り上げた。ただ、ここまで来るのには、平自身長い道のりがあった。

 平が早大を選んだのはシンプルに『エンジにW』のユニフォームに憧れていたことが始まりだ。入学してからは1年生ながら2つの駅伝を走り、東京箱根間往復大学駅伝(箱根)では4区区間2位となる堂々の走り。「憧れのユニフォームを着て走れる駅伝が嬉しくて、うきうきしていた」ただ、規律の厳しい高校時代とはうって変わって、自分に任せられる部分が大きくなる大学での競技生活に対して、漠然と不安を感じていたという。

  その不安が的中したかのように故障に見舞われた2年生のシーズン。自分のウォーミングアップ、ケア法を確立できなかったことがその原因だった。それまで、やるべきことはチームでそろってやっていたが、大学では必要なことは自分で考えて、実行しなければならない。走ることが大好きなのにレースを走れないいら立ちの中、リハビリにも身が入らず、苦しんだ。度重なる故障から抜け出せたきっかけはトレーナーや先輩のアドバイスをもとに自分に何が足りないのかを考え抜いたこと。すると、徐々に練習が継続できるようになって、軌道に乗り始めた。

 「もともと引っ張っていくのは好きなタイプなので、3年生になったときぐらいからやりたいと思っていた」と平は駅伝主将就任について語る。誰よりも練習して結果を残す主将を見て、後輩が自ら付いてきてくれる、そんなチームが理想だった。その強い覚悟が平自身を強くした。記録会、公式戦にかかわらず、強い気持ちでレースに臨むようになり、関東学生対校選手権では5000メートルで日本人トップの2位という結果を残す。駅伝では、出雲全日本大学選抜駅伝こそ平自身の失速で8位と出遅れたものの、全日本大学駅伝対校選手権では優勝大本命と目されていた青学大と首位争いを繰り広げ、2位に食い込んだ。そして迎えた箱根。3区の平にタスキが渡った時点で、早大は6位。ここでも、責任感が平を奮起させた。「1つ2つ順位を上げるだけでは僕の仕事にならないと思っていました」。前を走る青学大だけを見て追いかけ、順位を2位まで押し上げた。しかし、結果は総合3位。優勝しか狙っていなかったチームにとっては悔しい結果だが、レース後の平の表情はやり切ったという思いから晴れ晴れとしていた。

平は走りで主将の覚悟を体現して見せた

 競走部での4年間は今後の糧になる大きな失敗をさせてくれた貴重な時間だった。卒業後はカネボウへ就職して、競技を続ける。スピードに磨きをかけトラックで活躍し、ゆくゆくはマラソンで結果を残すことが目標だ。高みを目指して再び壁にぶち当たったとき、競走部での経験が道標となって平を導くことだろう。

(記事 佐藤詩織、写真 朝賀祐菜)

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