その他

2017.02.03

平成28年度卒業記念特集

第69回 桑野詠真/ラグビー(3月23日)

泥臭く、ひたむきに

 「苦しいこともあったが、大きく環境が変わる中でキャプテンという大役をやらせてもらって本当にいい経験ができた」。桑野詠真(スポ=福岡・筑紫)は早大での4年間をこのように振り返った。1年時は新人総代として、2、3年時は委員として学年をけん引。そして、4年時は主将としてチームの先頭に立った。そんな学年、チームを引っ張り続けた桑野の4年間を振り返る。

 

第68回 本田宗詩/ラグビー(3月23日)

疾風勁草

 12月17日、本田宗詩(スポ=福岡)は選手としてのラグビー人生に別れを告げた。全国大学選手権(大学選手権)準々決勝の同大戦、早大はあっけなく散った。本田は「大学選手権終了後、この試合を何度も見返した」と語る。大学生活4年間で一度も『荒ぶる』へ届かなかったことに悔しさをにじませた。日本一になることはワセダラグビーの宿命だ。誰よりも勝利にこだわり、ラグビーに対して真摯に向かう。そんな姿勢がトライを取り切るその背中に表れていた。

 

第67回 千葉太一/ラグビー(3月23日)

何よりもチームの勝利のために

 早実時代から赤黒に袖を通してきた、千葉太一(教=東京・早実)がついにそのユニフォームを脱ぐ。フロントローとして最前線で体を張り続けた4年間。今年度チームの柱であったスクラムは、千葉をなくして成立しなかっただろう。だがスクラムにこだわる一方で、試合に勝つことにも揺るぎない執着心を見せた。「チームが負けたら自分も敗戦。スクラムトライが取れたら嬉しいけれど、それ以上に勝ちたい」というコメントからも、その強い想いがうかがえる。

 

第66回 瀬戸大也/競泳(3月22日)

世界で戦う4年間

 今や日本を代表するトップアスリートまで駆け上った瀬戸大也(スポ=埼玉栄)。日本人初の世界選手権二連覇、リオデジャネイロ五輪銅メダル、数々の成績を残してきた瀬戸は、大学生活を「本当にたくさんのことがあって、あっという間だった。充実していた」と振り返る。入学前から多くの期待を背負い、常に一線で活躍し続けた瀬戸にとっての4年間は目まぐるしく、輝かしいものであったにちがいない。

 

第65回 田村美紅/競泳(3月22日)

団体競技としての水泳とは

 「いま思うと、夢を見ていたんですよね」。田村美紅(スポ、埼玉栄)はこう切り出して水泳部での日々を振り返り始めた。自信を持って飛び込んだ大学のステージで経験した挫折と苦悩、そして成長。憧れのエンジと黒の水着をまとい、泳ぎ抜いた4年間に迫る。

 


第64回 上野聖人/競泳(3月22日)

一枚岩を目指して

 一口に水泳部と言っても、競泳への接し方はさまざまだ。選手を支えるマネージャー、瀬戸大也(スポ=埼玉栄)や坂井聖人(スポ4=福岡・柳川)のように世界を股に掛けて戦うトップアスリートもいれば、一線級のタイムを出すまでには至らない選手も在籍する。111代目の水泳部主将を務めた上野聖人(社=神奈川・法政二)が目指した理想のチーム像は『一枚岩』だった。上野のこれまでの軌跡をたどる。

 

第63回 岸浪卓志/サッカー(3月21日)

人生を懸ける場所

 「人間的に信頼できること」。この姿こそが、岸浪卓志(社=東京・早実)がア式蹴球部での4年間で追い求め続けてきた、理想のGK像である。しかし、その熱い思いとは裏腹に、スタメン争いでは苦しみ続けた。誰よりもア式を愛した男は、何を思い4年間を過ごしてきたのだろうか。

 

第62回 小林大地/サッカー(3月21日)

ふたつの涙

 小林大地(スポ=千葉・流通経大柏)の脳裏に焼きついて離れない試合がある。2015年5月9日。関東大学リーグ戦(リーグ戦)前期第8節、早慶戦。6試合勝ち星から遠ざかっていた早大は、最下位に沈んでいた。まさに瀬戸際。チームの命運を左右する重要な一戦に、当時3年生だった小林は、ダブルボランチの一角として先発出場した。

 

第61回 内山穂南/女子サッカー(3月20日)

不屈の副将

 「ケガ」という言葉には、どうしても後ろ向きなイメージがつきまとう。しかし、それを前向きにとらえ、チームの勝利のために誰よりも努力を重ねた一人の選手がいる。今季ア式蹴球部女子(ア女)の副将を務めた内山穂南(スポ=東京・十文字)だ。「自分のやってきたことは間違っていなかった」そう語る内山なりのケガ、そして自分自身への向き合い方とはどのようなものだったのか。

 

第60回 山田紅葉/女子サッカー (3月20日)

情熱の主将

 全日本大学女子選手権(インカレ)連覇という快挙を成し遂げたア式蹴球部女子(ア女)。試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、人一倍安堵の表情を浮かべていたのは山田紅葉(スポ=東京・十文字)だった。とめどなく流れる涙の裏には、主将として計り知れない重圧と戦い続けた苦悩の日々があった。

 

第59回 田部井祐介/少林寺拳法(3月19日)

日本一へのこだわり

 「大学生活4年間、思い返してみると部活の記憶しかない。」そう語るのは少林寺拳法部の主将を務めた田部井祐介(創理=東京・早実)。大学生時代は少林寺拳法にすべてを注いだ。競技生活の始まりから現在に至るまでの10年間について振り返る。

 

第58回 小谷英里/女子ラクロス(3月18日)

人とのつながりを大切に

「昔から自分は副将に向いていると思っていた」。そう話すのは AT小谷英里(国教=東京・大妻多摩)だ。1年間の留学を経ての主将就任。例年よりも多い部員数から一つの組織をまとめ上げる苦労も知った。そんな中でも、『人とのつながり』を何よりも大切にした小谷の四年間とは。

 

第57回 矢野博/ラクロス(3月18日)

共に歩み続けた四年間

 勝利のために、フィールド内外でチームをけん引し、常に組織の先頭に立ち続けなければならない。主将とは、そのような重圧と責任を一身に背負うポジションである。今年度早大ラクロス部の主将を務めたのは、DF矢野博(商=神奈川・逗子開成)。主将就任当初は「不安しかなかった」と語る矢野。その大役を果たし終えた矢野の四年間を振り返る。

 

第56回 森和将/日本拳法(3月17日)

闘う主将

 ワセダの日本拳法部には、後輩からトムさんと慕われた熱くてまっすぐな主将がいた。彼の名前は森和将(社=千葉・東邦大東邦)。「辛かったけど大学生活そのものだった」という日本拳法一本で駆け抜けた大学生活四年間を振り返る。

 


第55回 大内佳那/女子ソフトボール(3月16日)

心底楽しんだソフトボールを胸に

 「(早大女子ソフトボール部は)私の原点です」。そう言い切った大内佳那(スポ=千葉・木更津総合)の表情は、陰りのない実に晴れ晴れとしたものである。現役続行を断念し、ソフトボール人生にピリオドを打った。しかし、大内の今後の人生には、早大で過ごした四年間が必ず生かされていく。大内が「原点」と語った早大での四年間とは――。

 

第54回 金子祐也/男子ソフトボール(3月16日)

チームを束ねたリアリスト

 4年前の春、確かな実績を携えてワセダの門を叩いた金子祐也(スポ=長崎・佐世保西)。1年秋には既に中軸を任されるなど、チームの核として活躍。最終学年となった今季は主将としてチームをまとめた。高校、大学で全国を制した経験を持つなど、その経歴は華々しいものだ。だが、本人は「苦労の連続だった」と自らの競技人生を振り返る。

 


第53回 橋本尚記/アーチェリー(3月15日)

選手を支える

 スポーツに応援はつきものだ。選手を鼓舞し、勇気づけ、盛り上げる。見る者が一体となって選手に声援を送る姿は、試合そのものとは違った魅力を持つ。無論、応援をするのは観客だけではない。試合に出場していない選手やスタッフ陣も、勝利を願い、思い思いの声をかける。アーチェリー部主将、橋本尚記(政経=東京・早大学院)は応援という立場からチームを支えた。「あくまで選手が一番、応援はサポート」。常に選手を見守り、支え続けた男の主将像に迫る。

 

第52回 岡本拓夢/合気道(3月14日)

合気道が、好きだからこそ

 理想の主将像とは何だろうか。今年度合気道部主将を務めた岡本拓夢(商=神奈川・聖光学院)には確固たる理想があった。それは道を示す主将だ。どう勝つのか、綺麗に勝つのか、とりあえず勝つのか。部を引っ張るうえで主将が口ばかりでは後輩はついてこない。だからこそ背中で見せることを目指してやってきた。

 

第51回 金子将之/射撃(3月13日)

静のスポーツに魅せられて

 1年時、初めて出場した大会で金子将之(創理=東京・早実)は衝撃を受けた。練習と全く同じようにいかない。いかに同じことを安定して繰り返すかが試される、射撃というスポーツの難しさを思い知った。この時のなんとも言えぬ悔しさが、金子の4年間を変えることとなる。

 

第50回 武田健/ウエイトリフティング(3月12日)

『悔しさ』と『感謝』を力に

 2016年11月に創部から60年を迎えた早大ウエイトリフティング部。長い歴史と伝統は時に重圧を生み出す。そのプレッシャーをはねのけ、誰よりも真摯に競技に向かった男がいる。その名は主将・武田健(スポ=宮城・石巻)だ。

 

第49回 林孝樹/柔道(3月11日)

成長とともに

 「よき同期、よき後輩、よき先輩に恵まれ、良い環境で柔道をすることが出来た」と林孝樹(スポ=富山・小杉)は早大での4年間を振り返る。競技の面で、大きな活躍はできなかったかもしれない。しかし、そこには誰よりもチームのことを考える主将の姿があった。

 

第48回 中嶋恒太/ワンダーフォーゲル(3月10日)

失敗を通じての成長

 「ワンゲルは成長させてくれた場所」とワンダーフォーゲル部として過ごした日々を振り返る中嶋恒太(国教=長崎・青雲)。その競技生活は決して順風満帆なわけではなかった。一年間留学で部を離れざるを得なく、経験が浅いまま主将となったこと。加えて、唯一の同期が冬の活動には参加できなかったこと。それらの困難を乗り越え、成長した先に見えたものとは。

 


第47回 小路安希/水球(3月9日)

完全燃焼

 「水球人生でやり残したことはありません」。この春ワセダを去る小路安希女子主将(スポ=埼玉・秀明英光)は14年間の水球人生を全うした自身を労うように、晴れ晴れとした顔で語ってくれた。同期が一人もいない中、女子水球部を一人で引っ張ってきた小路。初めはチームがまとまらず、水球を辞めることを真剣に考えた時期もあった。そして、関東学生リーグ戦の結果もふるわないまま日本学生選手権(インカレ)に。人数が少なく、選手層に不安の残るワセダにとっては厳しいかと思われたが、強豪・日体大とのシーソーゲームを1点差で制し、昨年度から順位をひとつ上げて2位となった。チームと共に歩み、成長させた小路とはどのような人物なのか、その4年間に迫る。

 

第46回 山元豪/スキー(3月8日)

主将の背中

 ことし6年ぶりに男子総合優勝を達成したスキー部。主将としてチームをけん引したのが、山元豪(スポ4=富山・雄山)だ。毎年一歩届かずにいた男女アベック総合優勝へのプレッシャーと初めて人の上に立つ不安の中で、いかに悲願達成に導いたのか。部員と切磋琢磨(せっさたくま)しながら、世界を舞台に活躍する主将の4年間を振り返る。

 


  • 第45回 森浩輔/自転車(3月7日)

    全力で駆け抜けた日々

     「悔いなくやり切ってほしい」。ワセダの自転車部の主将を務めあげた森浩輔(スポ=神奈川・横浜)の後輩への言葉である。3年時には主務を、最終学年では主将を務めチームの中核を担ってきた森には様々な困難があった。強くなるためには何をすればいいのか模索し続けた男の足跡をたどる。

     

    第44回 吉田良平/準硬式野球(3月6日)

    強い気持ちで

     高校時代に甲子園に出場した選手も数多くいる早大準硬式野球部。そんな中、吉田良平(スポ=岐阜東)は夏の大会で三年間とも初戦敗退の弱小校出身。決してエリートとはいえない男が、最終学年でようやく名門・早大のホットコーナーの座を確かなものにした。一筋縄ではいかなかったそれまでの道のりを振り返っていく。

     

    第43回 永井里佳/軟式庭球(3月5日)

    貫いたその先に

     ことしのスローガンとして掲げた『貫輝』。ワセダの戦い方を貫き輝き、支えてくれる人に歓喜を――。全日本大学対抗選手権(インカレ)決勝、永井里佳女子主将(スポ=東京・文化学園大杉並)のプレーはまさにそれを体現したかのようだ。「この子たちと勝ちたい」。新たに芽生えた思い、そして誰よりも強い勝利への意地に突き動かされる永井の姿は、見ている者の心を揺さぶった。

     

    第42回 安藤圭祐/軟式庭球(3月5日)

    自分らしさでチームを一つに

     「安藤を勝たせようぜ」。全日本大学対抗選手権(インカレ)決勝の自分の出番に向け、靴紐を結び直そうとしゃがんだ時に聞こえてきた同級生の言葉だ。自分たちらしい笑顔で活気あふれるチームにしようと努力してきた安藤圭佑主将(スポ=岐阜・中京)の背中を押したのは、今までにないほど活気に満ち溢れたチームの声援だった。主将らしくないと言われることもしばしばあったというがチームを自分らしさで一つにまとめ、見事ワセダを前人未到のインカレ5連覇に導いた。そんな安藤圭の4年間に迫る。

     

     
    第41回 鈴木崇正/応援(3月4日)
     

    主将の名に恥じないように

     代表委員主将としてのプレッシャーは計り知れないものがあった。主将の名に恥じないように。1年間、その責務を果たした鈴木崇正(教=静岡・韮山)の表情にはやり抜いた達成感と少しの名残惜しさが表れていた。

     

     

     
    第40回 島田きらら/バドミントン(3月3日)
     

    苦悩の先にあったもの

     『自らやろうよ』。この監督の格言のおかげで、バドミントンの実力だけでなく自ら行動する力を養い、人として成長することができた4年間となる。主将となってからはたくさんの苦悩があったが、「ワセダの主将として1年間やってこれてよかった」と島田きらら女子主将(スポ=青森山田)は笑顔で語った。卒業後は実業団で競技を続ける。

     

     

     
    第39回 三好修平/フェンシング(3月2日)
     

    『気持ち!』を胸に

     今シーズン主将として早大フェンシング部を率いてきた三好修平(社=愛媛・三島)。経験者である父の勧めにより4歳でフェンシングを始めるが、当初は競技の面白さが分からず辞めたいとばかり思っていたという。しかし小学4年生の時、国際大会に出場する姉の付き添いでドイツに行き、多くの刺激を受け本格的にフェンシングと向き合い始める。その後中学総体3連覇などの実績を残し、早大へ進学。そんな三好のフェンシング部での競技生活は一体どのようなものであったのか。大学での四年間を振り返っていく。

     

     

     
    第38回 淡海昇太/ボクシング(3月1日)
     

    『強い男』であり続ける

     何事にも実直に、正々堂々と挑む。そんな『強い男』を思い描いて戦い続けた男がいた。淡海昇太(教=神奈川・浅野)。選手として、主将として、伝統ある早大ボクシング部を率いたその軌跡を振り返る。

     

     

     
    第37回 小澤眞帆/ホッケー(2月28日)
     

    揺るがぬ自信

     「自信を持ってやる」と語る小澤眞帆(教=埼玉・飯能)。確固たる信念を持って、チームを引っ張ってきた闘将の姿がそこにはあった。常に前線で戦い続け、幾多の苦難を乗り越えた4年間。誰よりもホッケーと真摯(しんし)に向き合い、チームを支え続けた闘将の目には何が映っていたのか。

     

     

     
    第36回 宮崎俊哉/ホッケー(2月28日)
     

    ホッケーのない人生なんて

     この春、1人の男が都の西北を去る。早大ホッケー部の主将を務めた宮崎俊哉(スポ=福井・丹生)だ。人並み外れた華麗なテクニックを武器にグラウンドを縦横無尽に駆け回り、エースとしても実力を発揮してきた。強豪校の推薦を断り、エンジの『3』を選んだ宮崎。たどった道のりは決して平坦ではなかった。自ら学び、経験してきた4年間は宮崎の目にどのように映っているのか。

     

     
    第35回 佐藤未来/ハンドボール(2月27日)
     

    強くなるために

     想像を絶するようなプレッシャーとの戦いが待っていた。キャプテンとなり、手探りで歩み続ける毎日。「本当にこれでいいのだろうか」。迷いや重圧が重くのしかかる。それでも戦い抜くことができたのは、恩師の言葉や周囲のサポートに助けられたからだと、佐藤は一つひとつの言葉をかみしめるように述懐した。

     

     
    第34回 岩本岳/ハンドボール(2月27日)
     

    強い『信念』を持って

    「ワセダのハンドボール部のキャプテンをやれたことは誇りです」。岩本岳(スポ=東京・早実)は、そう語る。苦しかった4年間。様々なプレッシャーが岩本を襲った。それらを乗り越え、主将としての責務を果たした今、その表情は実に晴れやかであった。

     

     
    第33回 平川竜也/ヨット(2月26日)
     

    幾度の荒波を乗り越えて

     史上初の2度目の全日本学生選手権(全日本インカレ)3連覇。この偉業を成し遂げた今季の早大ヨット部の中心にいたのが、平川竜也(スポ=神奈川・逗子開成)だ。主将としてチームをまとめ上げ、個人としても全日本インカレでスナイプ級MVPを獲得するなど、華々しい活躍を見せた平川。しかし、その輝かしい実績の陰には、様々な苦悩、試練があった。平川の激動のヨット人生を振り返る。

     

     
    第32回 加藤樹/米式蹴球(2月25日)
     

    悔しさをバネに

     創部史上初の2年連続での甲子園ボウル出場を果たし、その立役者となった加藤樹(商=東京・早大学院)。時に人々は彼のことを『怪物』と呼ぶ。並み外れたスピードと卓越したテクニックを武器に、相手を粉砕する姿はまさしく、ワセダが誇る『怪物』。日本一へ向け、ディフェンスの柱としてチームを支え、不屈の闘志を燃やし戦い続けた男の軌跡をたどる。

     

     
    第31回 松原寛志/米式蹴球(2月25日)
     

    理想の主将像

     全てを懸けてきた4年間の終幕は、甲子園の地で訪れた。試合後、涙を浮かべながらもしっかりと観客を見つめ深く一礼。気丈に振る舞い、胸を張った。松原寛志(法=東京・早大学院)は最後まで主将であり続けた。フィールドに立つ『71』の番号が、日に日に大きくなっていったのは錯覚ではない。そこには、最前線で戦う力強い主将と同時に、チームを思う不器用な主将の姿が隠されていた。

     

     
    第30回  吉川航平/レスリング (2月24日)
     

    支え、支えられて

     「レスリングは好きじゃないです(笑)。こんな疲れるスポーツで楽しいなんてないですよ」と語った吉川航平主将(社=秋田商)。言葉とは裏腹に表情には充実感とレスリングへの感謝をたたえていた。闘志むき出しで体力の全てを注ぎ込むそのスタイルで駆け抜けた4年間。小学生の頃、父の同職者が道場をしており、そこに同級生が通っていたのがきっかけで始めたレスリングは気付けば吉川にとってかけがえのない生活の一部となっていた。

     
    第29回  多胡島伸佳/レスリング (2月24日)
     

    頑なに己のレスリングを求めて

     1年時にJOCジュニアオリンピックカップで人生初となる全国タイトルを獲得。2年時には全日本学生選手権と内閣総理大臣杯全日本大学選手権を制し学生2冠を達成。上級生となってからも3年生の天皇杯全日本選手権で日本の頂点に立った。4年生で明治杯全日本選抜選手権を制し世界選手権でも5位入賞を果たす。毎年、より高いステージで結果を残してきた多胡島伸佳(スポ=秋田・明桜)。しかしながらすべてが良かったという年はなく、「波乱万丈だった」と本人は振り返る。「だからこそ常に満足しなくて済んだ」。

     
    第28回   平山璃菜/女子バレーボール  (2月23日)
     

    仲間の支えがあってこそ

    申し訳ない気持ちはあるが、4年間ここでプレー出来て嬉しい」。平山璃菜(スポ4=東京・文京学院大女)は自身が早大バレー部で過ごした時を追憶し、こう言って笑った。1部リーグに昇格した喜びと、ケガで試合に出られず、チームは2部リーグに降格してしまった苦悩。その両方を知る彼女の、激動のバレー人生を顧みる。

     
    第27回    田中健翔/男子バレーボール  (2月23日)
     

    ケガに、自分に、バレーに向き合った4年間

    2016年12月3日、全日本大学選手権(インカレ)の3位決定戦。打てば決まる。この日の田中健翔(スポ=熊本・鎮西)の活躍はまさにそんな印象だった。決定率は驚異の68、42パーセント。早大が誇る『スーパーエース』が大舞台で躍動する姿がそこにはあった。しかし、田中が過ごした4年間は決して順風満帆なものではない。

     
    第26回   山口頌平/男子バレーボール  (2月23日)
     

    真摯に謙虚にそして貪欲にバレーと向き合った4年間

     昨年の12月3日。早大バレー部は全日本大学選手権(インカレ)で3位という結果を残し今季を終えた。チームを率いてきたのは山口頌平(スポ=長崎・大村工)。波乱の多かったこの一年、試合中の山口はいつもどこか険しい表情を浮かべていた。しかし、エンジのユニフォームを着て戦う最後の試合では全力で喜び、悔しがる姿を見せ、試合後は清々しい笑顔を見せた。そのわずか2週間後、天皇杯ファイナルラウンドが行われている東京体育館には新境地となる堺ブレイザーズのチームTシャツを着た山口の姿があった。立ち止まる暇もなく更なる高みに向け新たな一歩を踏み出した山口にとってこれまでのバレー人生とは。そして、早大での4年間とは一体どんなものだったのだろうか。

     

     
    第25回 末廣哲彦/空手(2月22日)
     

    離れられないもの

     高校では日本一を経験し、大学でも主将として早大空手部を12年ぶりの全国ベスト8に導いた末廣哲彦(スポ=東京・世田谷学園)にとって空手とは「ほろ苦くて、なんとなく離れられないもの」だ。5歳から空手を始め、「やめたい、いつやめようか」。そう何度も思った空手人生だった。しかし、早大での四年間を終えた今、末廣は胸を張って空手が好きだと言える。

     

     

     
     
    第24回 浅野佑樹/体操(2月21日)
     

    悔しさの果てに

     「悔しい一年間になりました」。浅野佑樹(スポ=東京・明星)は主将としての一年間を振り返ってこう絞り出した。自他共に認める真面目な性格と、目標に向かって突っ走るその背中で、チームを率いてきた浅野。その悔しさはどこから来たのだろうか。体操に真摯(しんし)に向き合ってきた男の、これまでの道のりとは。

     

     

    第23回 礎良輔/フィギュアスケート(2月20日)
     

    堅実、そして着実な進歩

     「自分が頑張っただけ自分の実力が表現されて出てくる」。フィギュアスケートの魅力をこう語るのは、礎良輔(基理=東京・早大学院)である。現在大きく実力を伸ばしているスケート部フィギュア部門を主将としてこの一年間けん引し、見事文武両道を成し遂げた男の四年間を振り返る。

     

     

     
    第22回 岩渕幸洋/卓球(2月19日)
     

    パラリンピックに懸けた大学生活

     最高世界ランクは11位、国内最高峰の国際クラス別パラ選手権では2連覇中。日本では向かうところ敵なしの岩渕幸洋(教4=東京・早実)。念願のリオデジャネイロパラリンピック(リオパラリンピック)にも出場を果たし、ついに早大での四年間に終止符を打った。振り返ってみると、成功までの道のりは険しいものだった。そして、リオパラリンピックでの経験も。岩渕がこれまで歩んできた激闘の四年間を振り返る。

     

     

     
    第21回 佐藤風薫/卓球(2月19日)
     

    快挙の裏に

     昨年7月に行われた全日本大学総合選手権団体の部(インカレ)で、見事創部史上初の優勝という快挙を遂げた女子卓球部。個性溢れるチームを持ち前の明るさでまとめ上げたのが、佐藤風薫(スポ=岡山・就実)だ。主将としてチームをけん引し、有終の美を飾った佐藤の卓球人生は続いていく。

     

     

     
    第20回 高田直騎/卓球(2月19日)
     

    憧れのワセダでの成長

     主将として過ごした一年間を、高田直騎(スポ=福岡・希望が丘)は冗談まじりに「もう二度とやりたくない」と振り返った。ワセダの伝統、ワセダの歴史。様々な重圧がのしかかった日々だった。大島祐哉(平28スポ卒=現ファースト)や山本勝也(平28スポ卒=現リコー)といった主力が抜け、昨年と比べて戦力的にも厳しくなったワセダの卓球部。そのチームを率いるのは、まさに困難の連続であった。

     

     

     
    第19回 北原侑一郎/馬術(2月18日)
     

    つなぐ主将

     ことし馬術部を率いてきた北原侑一郎(教=東京・早稲田)が引退を迎えた。北原は「自分は競技面で引っ張る主将というよりはみんなをつなぐ主将」と語る。

     

     

     
    第18回 田村未来/女子バスケットボール(2月17日)
     

    仲間に支えられた4年間

     昨年度の関東大学女子リーグ戦(リーグ戦)でスリーポイント王と最優秀選手賞に選ばれ、3連覇に大いに貢献した田村未来(スポ=愛媛・聖カタリナ女)。「嬉しいことも悲しいことも悔しいことも、1年間にすごく凝縮されている。」主将としてチームを引っ張った最後の1年間をこう振り返った。

     

     

     
    第17回 河合祥樹/男子バスケットボール(2月16日)
     

    継がれていく魂

     絶対にミスをしないだろうという安心感。コートの中で指示を送り続ける姿。まさに『司令塔』という言葉がピッタリ。河合祥樹(スポ=京都・洛南)はそんなプレーヤーだった。個性的で派手なプレーヤーの多いワセダを主将として率いてきたこの男はこの春卒業を迎え、同時にプレーヤー人生にピリオドを打つこととなった。入学直後から常にチームの主力選手として戦ってきた4年間は、簡単な道のりではなかった。

     

     
    第16回 寺井敏博/アイスホッケー(2月15日)
     

    決断は英断に

     背番号『88』。ひときわ目立つ大きな数字を背負ってきた寺井敏博(国教=米国・チョートローズマリーホール高)は、「もう誰もつけないかも」と笑う。アメリカの英雄、シカゴ・ブラックホークスに所属するパトリック・ケインに憧れ、早大としては異例の『88』を選んだ。今やその数字は、このチームには欠かせない数字に。新天地で花を咲かせた男が見た、決断と挑戦の先にあったものとは。

     

     
    第15回 金子立樹/アイスホッケー(2月15日)
     

    自分の力に変えて

     試合が始まり、真っ先にパックに触れる――。その一瞬をつかむのは、第1セットのセンターフォワード、金子立樹(スポ=北海道・駒大苫小牧)だ。ワセダの看板であるこのセットの中心を担い、得点を奪う。勝利に貢献してきたその男は、はじめからチームの主力だったわけではない。抱えた悩みや不安を自分の力へと変えていき、ワセダの核となる存在へと成長を遂げていった。金子立の四年間はどのようなものだったのか。

     

     
    第14回 佐藤紫生乃/漕艇(2月14日)
     

    仲間への大きな愛

     「チームのみんなに会えたこと」。入部して一番良かったことを聞かれると佐藤紫生乃(スポ=宮城・塩釜)はこう答えた。昨季、全日本大学選手権(インカレ)で総合8連覇を達成し、まさに圧倒的な強さを誇る女子部。その女子部を率いた佐藤にとって結果よりも大事にしていたのは仲間の存在であった。常にベター(より良く)を求め続けた女子主将の答えの背景には、「個」が乗り合わせるクルーをまとめる難しさに向き合った時代があった。

     

     
    第13回 是澤祐輔/漕艇(2月14日)
     

    『背中で見せる』か、『言葉で示す』か

     ベストな主将とは、一体どのような姿なのだろうか。寡黙ながら行動でチームを引っ張る者がいれば、常に周りを気遣い、チームメイトに話しかける者もいる。その座を任されれば、誰しも理想の主将像を追い求め苦心するはずだ。是澤祐輔(スポ=愛媛・宇和島東)も、その中の1人だった。あまり多くない口数や、穏やかな口調からは、主将としての姿は想像しにくい。100年以上の歴史を持つ早大漕艇部を率いる立場で、大所帯のチームをまとめあげてきた。そんな是澤が導き出した主将としてのあり方は、やはり他者からしても大きな説得力がある。

     

     
    第12回 前川晋作/相撲(2月13日)
     

    努力の4年間、迎えた結びの一番

     「相撲をしていない生活は、不思議な感じです。」前川晋作(社=東京・早実)はそう語る。これまで、常に相撲を第一に考えてきた証だ。小柄な体格ながら、磨き上げた技で相手を翻弄し、主将としてもチームを牽引した前川が、自らの相撲人生の結びの一番に臨んだ。

     

     
    第11回 平和真/競走(2月12日)
     

    挫折を乗り越えて

     自分のことをしっかりやれば、それが1番チームのためになる。そう信じて駆け抜けた1年間だった。今季駅伝主将を務めた平和真(スポ4=愛知・豊川工)は誰よりも自分に厳しく、そして優勝を本気で狙うチームを作り上げた。ただ、ここまで来るのには、平自身長い道のりがあった。

     

     
    第10回 愛敬彰太郎/競走(2月12日)
     

    ひたむきに戦い抜いた4年間

     102年もの歴史と伝統をもつ早大競走部。常に勝利を求められ、大きな重圧がのしかかる。そんなチームを今季、主将としてけん引してきたのが愛敬彰太郎(スポ=三重・桑名)だ。スランプやケガなどの困難にぶつかりながらも、競技面、さらには人格面で優れた模範となるべく、早大での日々を全力で駆け抜けた。

     

     
    第9回 中村浩太郎/弓道(2月11日)
     

    一矢に込める思い

     「ここで決めるのが主将の仕事だ」。平成29年度東京都学生連盟リーグ戦(リーグ戦)、悲願の1部昇格を決めたのは、中村浩太郎(創理=東京・芝浦工大高)の放った最後の矢だった。部員から絶対的な信頼を寄せられている中村だが、「なぜ後輩たちが自分についてきてくれたかわからない」と主将としての1年を振り返る。しかしそこには、誰よりも弓道部のことを真剣に考える姿があった。決して平たんな道のりではなかった今シーズン。中村はどのような思いで弓道と向き合ってきたのか。

     

     
    第8回 鈴木ありさ/ゴルフ(2月10日)
     

    プレッシャーの中で

     おととし関東大学秋季Aブロック対抗戦(秋季リーグ戦)での優勝を果たし、まさに波に乗っているワセダの女子ゴルフ部。「強い女子部」を2年連続で主将として率いてきたのが、鈴木ありさ主将(スポ4=東京・杉並学院)だ。名実ともにチームを引っ張ってきた鈴木は、この4年間をどう振り返るのだろうか。

     

     
    第7回 阪本皇子/剣道(2月9日)
     

    終わりよければすべてよし

     「もっと強くなりたい、もっと勝ちたい、もっとみんなを喜ばせたい」。純粋な思いが、その剣をより高みへと導いた。その明るく気さくな性格がチームに一体感をもたらした。剣道部の女子主将、阪本皇子(スポ4=長崎・島原)はことしで卒業する。「自分がやらなければ人には言えない」。主将として、誰よりも自分に厳しく、誰よりもチームのことを考え続けた。その剣先に見据えていたものは。

     

     
    第6回 小林直道/剣道(2月9日)
     

    理想の主将像

     振り上げた竹刀が相手のメンを真っすぐに捉える。赤旗が一斉に上がり、早大陣営が沸き立った――。4年生の引退試合である早慶対抗試合(早慶戦)で早大の勝利を決めたのは、主将・小林直道(スポ4=東京・高輪)の一振りだった。この一年「今までで一番きつい」(森本翼、社4=京都・龍谷大平安)と言われる厳しい稽古を率い、その先頭で誰よりも真摯(しんし)に剣道に取り組んだ主将は、大学生活最後の試合を「最高の集大成でした」と振り返る。

     

     
    第5回 林恵里奈/庭球 (2月8日)
     

    重圧を力に変えて

     早大庭球部から、ことしもプロ選手が誕生する。林恵里奈(スポ=福井・仁愛女)、主将として部を率い、エースとしてチームの核で戦った選手だ。不安になることも、スランプに陥ることもあった。それでも走り続けてきた林にとって、この四年間は重圧を力に変え続けてきた日々だった。

     

     
    第4回 小堀良太/庭球 (2月8日)
     

    理想の主将

     10月に行われた全日本大学対抗王座決定試合(王座)。早大の優勝が決まった瞬間、有明は歓喜の渦に包まれる。その中で、小堀良太(スポ卒=東京・大成)は喜びを爆発させるのではなく、ただただ安堵(あんど)の表情を浮かべていた。この1年間、この日のために、巨大な重圧と戦いチームを率いてきた主将――。その表情には、どのような思いが隠されていたのか。

     

     
    第3回 竹内諒/野球 (2月7日)
     

    『負けない投手』になるために

     「負けない投手になりたい」。竹内諒(スポ=三重・松阪)は幾度となくこの言葉を口にした。チームメイトから「こいつに任せたら大丈夫だ」と思われる、そんな絶対的な信頼を得た投手である。何よりもチームの勝利にこだわり、腕を振り続けた四年間。しかし竹内は卒業を目の前にし、理想像にはまだまだ近付けていないと語る。その言葉の裏には、常に高みを目指してきた男の歩みがあった。

     

     
    第2回 中澤彰太/野球 (2月7日)
     

    夢の途中

     プロ野球選手になりたい――。野球少年なら、誰もが描く夢だろう。しかし、その夢をつかむことができるのは、限られた人間だけだ。大人になるにつれて、純粋だった多くの野球少年は、どこかでその夢を諦めざるを得なくなる。あるいは、知らず知らずのうちに忘れてしまう。大学時代にまで、そんな夢を追い続けられるということは、どんなに素晴らしいことか。そして、その裏では多くの困難を経験し、多くの人の思いを背負っている。中澤彰太(スポ=静岡)もその一人だ。

     

     
    第1回 石井一成/野球 (2月7日)

     

    支えがあったから

     「第2巡選択希望選手 北海道日本ハム 石井一成 内野手 早稲田大学」――。プロ野球ドラフト会議で名前が読み上げられる。目標としていた世界への扉が開かれる瞬間だった。早稲田大学野球部第106代主将・石井一成(スポ=栃木・作新学院)は今春プロ野球選手として新たな一歩を踏み出していく。打の軸として、かつ主将としてチームをけん引し続けた石井が「周りの方に、先輩に、後輩に、同期に支えられながら成長できた」と話すワセダでの四年間。それは、苦悩も挫折も、喜びも全て詰まった濃い日々の連続だった。