水泳部

2016.08.30

【特集】『リオ五輪事後インタビュー』坂井聖人

 先日閉幕したリオデジャネイロ五輪。4年に一度の夢舞台で輝いたのが坂井聖人(スポ3=福岡・柳川)だ。初めての五輪で銀メダルを獲得した坂井に、五輪の振り返りや間近に迫った全日本学生選手権(インカレ)に向けての意気込みを伺った。

※この取材は8月26日に行われたものです。

「正直まだあまり実感はない」

取材に応じる坂井

――日本に帰国されてから少し経ちましたが、今は全日本学生選手権(インカレ)に向けて練習されているのでしょうか

 そうですね。オリンピックが終わって、集中力が切れないように今は保っているところですね。

――銀メダルを獲得した実感はありますか

 正直まだあまり実感はないんですけど、ここから少しずつ感じてくるのかなと思います。

――メダルがあるのとないのではやはり違いますか

 そうですね。周りからの声もありますし、集まってくる人も多少増えたなとは思いますね。

――帰国されてからテレビ出演も何度かありましたね

 あまりテレビに出たことがなかったので、ちょっと緊張はしましたけど(笑)。楽しくやらせていただきました。

――今後もテレビ出演もありそうですね

 そうですね(笑)。でも、学生なのでほどほどにしていこうかなと思っています。

――Twitterのフォロワー数も増えて、ファンも増えそうですが

 フォロワー増えましたよね(笑)。ファンは増えるかわからないですけど、増えたらいいなと思います(笑)。

――五輪の事前合宿についてお伺いします。6月下旬からメキシコに高地合宿に行かれていましたが、どのような目的やテーマを持っていましたか

 課題がもう明確にわかっていて、ラスト50(メートル)が日本選手権でもそうでしたけど毎回失速してしまっていました。そこが課題だったので、酸素が薄い場所で練習をして鍛えようと思っていました。

――充実した練習は積めましたか

 そうですね。一平(渡辺、スポ2=大分・佐伯鶴城)と二人でやっていたので落ち着いてできました。やっぱり周りに選手がいない分、リラックスしてできたと思います。

――渡辺選手と二人での合宿というのはいかがでしたか

 一平とは仲が良くて、後輩というよりは同期という感じなので(笑)。仲良く二人でやれましたね。

――1か月弱のメキシコ生活だったと思いますが食事面などはいかがでしたか

 ちょっと食に困ることはありましたけど、近くに日本の店があって、そこで米とかインスタント食品を買っていたのであまり抵抗はなかったですね。

――オフなどはありましたか

 ありましたね。一平と奥野さん(景介監督、昭63教卒、広島・瀬戸内)とトレーナーさんで観光をしてきました。有名どころに行ってきました。

――他の代表選手はフラッグスタッフやヨーロッパに合宿に行かれていましたが、良い意味で気になりましたか

 気になりましたね。やっぱり瀬戸さん(大也、スポ4=埼玉栄)の練習は気になりました。向こうからも「調子はどう?」という連絡もきていて、電話をしたりはしましたね。

初めての五輪

事前の高地合宿でも一緒だった渡辺選手とワセダピース!

――初めての五輪ということで、現地の雰囲気はどう感じましたか

 僕は選手村自体も初めてだったので、ちょっと多少不安があって、どんなところなんだろうというのはあったのですが、意外と落ち着けましたね。

――落ち着くことができた要因というのは

 部屋の先輩が優しくて、ホテルでは非常にリラックスした雰囲気で過ごすことができたので、そこが大きいですね。

――プール会場の印象はいかがでしたか

 思っていたよりも大きいプールではなくて、会場も狭かったですね。でも逆に声がやっぱり通るので、緊張感がありました。

――男子200メートルバタフライのみのエントリーということで3日目からの登場となりましたが、それまでの2日間はどのように過ごされていましたか

 とりあえず会場の雰囲気を感じるために最初のレースを見たり、会場の上から全体を見回したりしていました。

――ワクワクと緊張はどちらが大きかったですか

 緊張というよりはワクワクでしたね。フェルプス選手(アメリカ)とかもいたので、一緒に泳げるというワクワクが大きかったです。

――その中で瀬戸選手が男子400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得されましたが、それはご自身にとって大きなものでしたか

 やっぱりそれは大きいものでしたね。ホテルに帰ってきてメダルを見せてもらって、それを見て取りたいなって思って色々と話をしたりしました。(メダルが)結構重くて、それでより欲しくなりました。

――予選は1分55秒79というタイムでした。これは予選としてはいかがでしょうか

 狙い通りではなかったですね。僕の予想するメダルのラインが1分52秒8くらいで、日本新を出すくらいのタイムでした。なので、タイムはそのラインとは違くなってしまいましたね。

――チャド選手(南アフリカ)と同じ組でしたが

 そうですね。でも、あまり周りは見ずに自分の泳ぎをしようと思っていました。それで、良い位置にいたらラスト50(メートル)で差そうかなと思っていました。

――準決勝でも1分55秒台ということで、これはタイムを上げ切ることができなかったのでしょうか

 そうですね。意外と予選と準決勝がハマっていなくて、多少不安はありましたね。

――その理由というのは

 まだわからないんですよね。調子は良かったのになんでタイムが上がらなかったんだろう、という感じです。でも、泳ぎの映像を見た感じではちょっと体が立っていて、後半がバテていたなとは思いました。

――その準決勝では瀬戸選手とシェー選手(ハンガリー)と同じ組でした

 できれば勝って良いコースで残りたいなとは思っていたんですが、思った通りにはいかなかったですね。余力は余らせてはいたんですが、僕の想定するタイムではいけなかったです。シェー選手とかと(同じ組)というよりは、決勝への不安が一番大きかったです。

――準決勝から決勝までの時間はどのような調整をされていましたか

 とりあえず早く寝て、睡眠時間をわざと多くとって休養して、起きてからすぐケアをしてもらって疲れをとるようにしていました。

――夜はすぐ寝つけましたか

 夜はすぐ眠れましたね。ちょっとアドレナリンが出て興奮して少し眠れなかったですけど、落ち着いてはいました。

――決勝レースではスタート時にやり直しがありましたが影響はありましたか

 あれがあったからリラックスできたんじゃないかなと思います。

――今までにやり直しの経験はありましたか

 ないです(笑)。だから最初はうわーって思って(笑)。ちょっと集中力が切れそうになったんですけど、なんとか持ちこたえました。肩に力が入っていたので、逆に良い感じにリラックスできたと思います。

――決勝のタイムは100メートルの折り返しが54秒35で、ラスト50メートルは29秒33でした。これはプラン通りでしたか

 プラン通りではあったんですけど、もう少しラスト50メートルを上げるつもりだったので、そこはまだちょっと課題が残るところだなと思いますね。

――150メートルのターン時は6位でしたが、少し遅れているなというのはわかっていたのでしょうか

 やっぱりありましたね。見ないようにしていても視界に入ってきてしまうので。ちょっと遅れているなと思ったので、最後ラスト50メートルで差してやろうと思っていました。

――ラスト50メートルを折り返す時、差せる自信はありましたか

 もう自分がやってきた練習を信じてやっていただけなので、自信はありました。

――ゴールして掲示板を見た瞬間というのはどのようなお気持ちでしたか

 目が悪くて掲示板が見られなかったんですが、コース台に1位だったら赤いランプが1個点いて、2位だったら2個、3位だったら3個つくんですよ。それで、見たら2個ついていて、2番なんだってわかりました。それからガッツポーズです(笑)。やりすぎましたね(笑)。興奮しちゃってガッツポーズが止まらなかったです。

――金メダルのフェルプス選手とは0秒04差でした

 やっぱり今になると嬉しさよりは悔しさの方が強くなってきているんですけど、あそこで勝つのが憧れのフェルプス選手なんだろうなとは思いますね。

――フェルプス選手と初めて一緒に泳がれたということで、どのような印象がありましたか

 やっぱりオーラがすごいです。普段テレビで見ていた存在だったんですよね。レース前とかも一人だけオーラが違って、それで気持ちが折れそうになりました。でも、一緒に泳いでいるということはあまり考えずに、とりあえず楽しもうと思っていました。

――フェルプス選手に対する歓声というのは一際すごいですよね

 そうですね。それでやられそうになります。

――表彰式ではフェルプス選手と3位のケンデレシ選手(ハンガリー)とはお話されましたか

 フェルプス選手とは話さなかったですけど、ケンデレシ選手とは少し話しましたね。あまり英語わからないんですけどね(笑)。簡単な英語を言ってもらって、それに答えるという感じでした。

――3位のケンデレシ選手は同年代の選手ですが今まで面識はありましたか

 なかったですね。全く知らなかったので、オリンピックで急激にバーンときたのでびっくりしました。

――大きな世界大会での初めてのメダルが五輪での銀メダルとなりましたね

 世界選手権では4番でメダルを取れなかったですし、今回メダルが初めてなので、素直に嬉しいですね。

――坂井選手が大学1年生の時の取材では「リオ五輪に出場して、東京でメダルをとりたい」とおっしゃっていました。それが前倒しになったという点についてはいかがでしょうか

 そうですね。大学に入って僕のレベルも順調に上がって、オリンピックでメダルを取れる位置まできていたので、そこは狙おうと監督と話していました。なので、リオで代表に入って確実にメダルを取るという目標に変えました。入学した時とは違う目標になっていきましたね。

――決勝のレースでは瀬戸選手にも勝ちました

 注目の選手といったらやっぱり瀬戸選手になっていて、男子200メートルバタフライくらいは自分が注目選手になりたいなと思っていました。もちろん勝って嬉しいですけど、瀬戸さんがいたから自分がここまで来ることができていると思うので、感謝しています。

――レース後お話はされましたか

 話しました。おめでとうという声をかけてくださったので嬉しかったです。

――水泳部のみなさんは所沢で決勝レースをパブリックビューイングされていたそうですが

 まだその映像とかは見られていないんですけど、みんな練習もあって忙しい中でそうやって応援してくれるのは嬉しいですね。

――地元でも応援はすごかったのではないでしょうか

 そうですね。応援してくださっているからここまで自分も頑張ることができているので、感謝の気持ちを伝えたいです。

――帰国されて水泳部のみなさんから祝福は受けましたか

 うーん、それが受けていないんですよね(笑)。言葉は色々と貰っているんですけど、どこにも連れて行ってくれないです(笑)。でもインカレ前なので忙しいのでしょうがないですね(笑)。

――ここからは五輪の雰囲気についてお伺いします。選手村ではどのように過ごされたのですか

 とにかくリラックスしようと思っていたので、選手村内では緊張感とかは全く持たずに過ごしました。特にやったことはないですけど、部屋でゆっくりしたり、部屋の先輩といろんな話をしたりしてリラックスしていました。

――部屋割りは誰と一緒だったのですか

 どのように分けられたのかは分からないんですけど、僕の部屋がワセダのOBの藤井拓郎さん(平20スポ卒=現コナミ)と中村克さん(平28スポ卒=現イトマン東進)だったので、非常にやりやすくて、いろんな話ができました。

――部屋でゆっくりされたということですが、具体的に言うとどのようにゆっくりされたのですか

 寝ることはもちろんですけど、先輩と話したり一緒にゲームしたりしました。部屋でではないですが一緒にご飯に行ったりもして、コミュニケーションをとってリラックスするということをよくやっていました。

――食事は食堂で取られていましたか

 はい、選手村の食堂で食べていましたね。

――どのようなものを食べられましたか

 最初は選手村で食べていたのですが、ハイパフォーマンス(サポート)センターというのと、Gロードという味の素さんが日本食を作ってくださるところがあって。ずっとそこに日本食を食べに行っていました。

――選手村の設備について五輪開幕前に報道がなされていましたが、良かったところや不便だったところはありましたか

 良かったところは、敷地内にご飯を食べるところだったり病院だったり色々とあるので動きやすいっていうのはありましたね。不便だったところは実際特にはなかったのですが、トイレの水が詰まったりお湯が出なかったりということがあったので、そういうところですかね。

――選手村にいた違う競技の選手との交流はありましたか

 特にはないんですよね。錦織圭選手が一緒のバスになってちょっと話しかけてくださって話すくらいですね。

――五輪や選手村で嬉しかったことはありますか

 ボルト選手と会ったことです。目の前にいて、でっかいなと思って(笑)。嬉しかったことはそれくらいですかね。

――五輪や選手村で驚いたことやおもしろかったことはありますか

 選手村内にマックがあることが一番衝撃的でした、おもしろいとかではないですけど(笑)。

――マックは利用されたのですか

 (利用)しました。レース中は太るのでさすがにやめましたけど、最終日くらいに競泳が終わってから食べるようにしました。

――リオ五輪で感動した試合はありますか

 女子レスリングの吉田沙保里さん(の試合)が一番感動しましたね。僕は銀メダルで嬉しがっているのに、銀メダルで悔しがっていたので。そこにちょっとうるっとするではないですけど、あの泣いていた姿に感動しました。

――それでは次に日本代表のことについてお伺いしたいと思います。競泳の日本代表には何度か選ばれていますが、慣れてきましたか

 だいぶ慣れました。最初の頃は緊張して全然先輩と話せなかったのですが、今はだいぶ自分からコミュニケーションをとれるようになってきました。今はやりやすくなって居心地がいいです。

――テレビのニュースの坂井選手の紹介に、先輩にため口ということが書いてありましたが

 いや、ないですよ(笑)。先輩にため口はやらないです(笑)。

――日本代表の雰囲気はいかがですか

 めちゃめちゃ雰囲気はいいと思います。みんな仲良いですし先輩たちが優しいので、後輩からしたらすごく居心地が良いところだと思います。

――ワセダの現役やOBの選手が日本代表に多くいらっしゃいますが、心強いのではないですか

 それが一番心強いですね。だからこんなリラックスして本番も臨めたのかなと思っていますね。

――日本代表の中で仲の良い選手はどなたですか

 瀬戸選手や萩野選手(公介、東洋大)。あと、仲良いという言い方はあれですけど、江原選手(騎士、自衛隊)とか小堀選手(勇気、ミズノ)とかそんなに年齢が離れていない、2、3個違いぐらいの先輩と仲良くさせてもらっています。

――その選手方とは普段から連絡はとられるのですか

 いや、普段はとらないです。テレビに出るときに、「何時に来る?」とかそういったことを連絡するくらいです。他にはあまり連絡をとり合ったりはしないですね。

「(インカレは)4年生のためにもしっかり貢献したい」

インカレの目標はバタフライ「2冠」

――次にインカレについて質問させていただきます。これからすぐインカレがあり今お忙しいと思うのですが、どのように調整されていくのですか

 とりあえずちょっとベースが落ちているので、今しっかり泳ぎこんでいますね。泳ぎこんで、これからまた練習をバーンと落としていきます。スピード感覚だけは保っておこうと思っているので、今そこを意識してしっかりやっています。

――目標についてお伺いします。まずは男子100メートルバタフライの目標をお願いします

 優勝することはもちろんですけど、タイムはできれば51秒台を出せたら良いなと思っていますね。

――男子200メートルバタフライはいかがでしょうか

 (男子)200(メートルバタフライ)は、五輪は(1分)53秒台で泳げているので、(1分)53秒で泳ぎたいなと思っていますが、最低ラインは(1分)54秒台で泳ごうかなと思っています。

――リレーでの目標をお願いします

 優勝ですね。中村克さんがいなくなって、少し戦力的には弱くなっているので、(リオ五輪)代表に入っているメンバーがカバーしていけたらいいなと思っています。

――4年生との最後のインカレになりますがどのような思いがありますか

 大学の試合ということで、4年生が最後なのでしっかり4年生のためにもワセダのためにも貢献できたらいいなと思っています。

――特に憧れであって、リオ五輪でライバルだった瀬戸選手との最後の団体戦になることについての思いはありますか

 瀬戸さん単体でというのはそんなにはないですけど、4年生には本当にお世話になっているのでみんなのためにしっかり貢献して頑張れたらいいなと思っていますね。

――リオ五輪では瀬戸選手の銅メダルに坂井選手が刺激を受け、坂井選手の銀メダルが渡辺選手に刺激を与えるという良い連鎖がありましたが、そのことについてどのように考えていますか

 瀬戸さんがメダルをとってから、絶対に良いかたちでワセダも盛り上がるなという思いが僕の中でありました。一平もメダルとれる位置にあったので、(僕も)瀬戸さんに続けるように全力で泳いで、とにかく良い泳ぎをしてワセダに良い流れができたらいいなと思ってしっかり泳ぎました。

――次は最上級生になられますが、どのように感じていますか

 今3年生なんですけど、正直あまり3年生っていう実感もなくて。まだ1、2年生の気持ちもあるんです(笑)。でも、やっぱり最上級生になるので大学的にもチームを引っ張っていけたらいいなと思います。

――次は東京五輪についてお伺いしたいと思います。まだリオ五輪が終わったばかりですが、次の東京五輪にむけてのプランをたてられましたか

 まだ特にはやってないですけど、定期的に高地合宿に行って体力を落とさないように維持したいと思っています。このタイムではまだ金メダルはとれないと思うので、さらにここからの強化が必要だと思います。プラン的にはまだきっちりは決めてないですね。

――今後強化していきたいのはどの部分ですか

 スピードですね。まだ100(メートル)の入りとかが世界の選手から比べると出遅れていたので、そこが一番課題なんじゃないかと思います。

――では最後の質問です。東京五輪での目標を教えてください

 金メダルですね。それが一番の目標です。

――ありがとうございました!

(取材・編集 糸賀日向子、大森葵)

東京五輪に向けての意気込みを書いていただきました!

◆坂井聖人(さかい・まさと)

1995(平7)年6月6日生まれ。181センチ。72キロ。福岡・柳川高出身。スポーツ科学部3年。男子200メートルバタフライ決勝のレース後、LINEには500件以上のメッセージがきていたという坂井選手。時間をかけながら一つ一つに返信をしたそうです。また取材中は、同じ時間に隣で取材を受けていた渡辺選手につっこみを入れる場面もあり、お二人の仲の良さが伝わってきました。