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競走部

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2016.02.23

【連載】『箱根路の足跡』第3回 光延誠

全日本大学駅伝対校選手権では区間上位の走りを見せるなど、着実に成長を遂げた今季。光延にとって、東京箱根間往復大学駅伝(箱根)は昨年出場できなかった悔しさを晴らす舞台でもあった。エントリーされたのは近年重要度が増してきている7区。各校のエース級の選手がひしめく中、光延は力の限り前を追い続けた。あれから1カ月。初の箱根路を振り返り、何を思うのだろうか。

※この取材は2月10日に行われたものです。

地元の声援に支えられ

丁寧に質問に答える光延

――きょうはどのような練習をされましたか

きょうは、今週末の日曜日に試合があるのでその最終仕上げを行いました。

――最近の調子はいかがですか

箱根後から自分なりに新たな練習を入れて、少しずつなんですがフォームなどが変わってきて、調子も上がってきています。

――新しい練習というと

バウンディングジャンプやタイヤ引きなど、前からあった練習なんですけど(距離を)長めに引いたりして距離を前以上に踏むようにしています。

――箱根後はどのように過ごされましたか

箱根が終わってから帰省があって、ちょっと正直走る気が無くなってしまっていて。ただ地元の友達などから「頑張っていたね」という声を受けて、また頑張らなくてはいけないと思いはじめて、少しずつですが走るようにはしてきました。

――全国都道府県対抗男子駅伝にも出走されましたが

箱根が終わってからすぐのレースで、僕自身箱根の結果が悪すぎたので不安な状態で走ったのですが、ある程度は実業団の選手に食らいついていけたので、少しは(調子が)良くなったのかなと感じました。

「走ることが決まったときには、ワクワクしていた」

――では、今シーズンの駅伝についてお伺いします。まず、箱根前の出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)を振り返っていかがですか

まだ夏合宿から調子が上がらずに出雲は使ってもらえなかったのですが、記録会といっても他大の選手が多く出ていたので勝ちにいくレースがしたかったです。ただやっぱりスピード、スタミナ不足で離されたということが悔しかったです。

――全日本大学対校駅伝選手権(全日本)については

全日本は出雲が走れなかった分、残り2つ(全日本・箱根)で走るというのを目標に練習していました。全日本では1年生の時と同じ区間を走らせてもらえることになって、1年生の時は同じ区間で失敗しているので不安というよりはリベンジという気持ちをもって走りました。

――集中練習を振り返っていかがですか

1年前と比べると、質などは90パーセント以上変わっていたんじゃないのかなと思います。

――かなり順調にこなせたのでしょうか

そうですね。スピードを上げる時にも去年の先輩たちが(スピードを)上げた時に動揺せず、落ち着いて普段通りに付いていくことができるようになっていて。充実した練習ができました。

――7区に決まったのはいつですか

僕自身最初は往路の練習、特に4区のつもりで準備をしていたのですが、3日前くらいに監督の方から復路でいくぞということを伝えられて、「ああ、これで4区はなくなったな」と思って。その残り3日の時点で7区の方に気持ちを切り替えて練習をしてきました。

――7区を走る上で目標はありましたか

7区は最近だと、主力が多く出ているというか、9区の次に重要な区間になってきているというのを例年の箱根を見て分かってきていたので、自分もその区間で使われた以上、いい走りをしなくてはいけないということは感じていました。

――では箱根当日の話に移らせていただきます。まず、今回は初めての箱根路となりましたが

去年は走れなかったのですが、その思いがずっとあって1年間練習してきて。走ることが決まったときには、嬉しいというか、ワクワクしました。

――チャレンジャーのような気持ちだったのでしょうか

そうですね、エントリーメンバーを見た時にも主力の選手だったり、自分よりも速い選手ばかりがいたのでそういった選手に負けないということを一番重要視して練習をしていました。

――出走の前日はどのように過ごされましたか

前日はまだこっち(合宿所)で練習していて、ちょうど三浦(雅裕、スポ4=兵庫・西脇工)さんが脚が痛いということで佐藤淳(スポ3=愛知・明和)さんに代わったのですが、淳さんが動揺していた部分もあって。その分僕が頑張らなくてはいけないなということは感じました。

――佐藤選手からタスキを受け取った時に何か言葉はかけられましたか

あまり覚えていないのですが、とりあえず頑張れということをおっしゃっていました。

――佐藤選手は突然の区間エントリー変更でしたが

淳さんは監督からとりあえず走ってくれればいいということを言われていて。僕がそこで流れを変えなくてはいけないんだということを、話を聞いていく中で感じました。

――どのようなことを考えスタートしましたか

調子も良かったので、とりあえず前にいた日体大を追うことを一番に。まずは追いつくことを考えて走り出しました。

――復路一斉スタート組の大学を除くと、本来追うべき青学大や東洋大の姿はなかなか見えなかったと思いますが、走りづらさはありましたか

そうですね。自分も突っ込んで入った分、なかなか前が詰まらず、レースの途中はモヤモヤした部分がありました。

――ことしは気温も高かったと思います

去年は走っていないので、例年がどれくらいなのかが分からないんですが、やはり冬としては暑くて走りにくいレースでした。

――区間14位という結果についてはいかがですか

この1年間、練習についても甘えがあった部分があるんじゃないかなというのがあって。そういう結果(区間14位)が出てしまった分、3年生ではさらに頑張らなくてはいけないなと改めて思いました。

――総合4位という結果については

青学大、東洋大、駒沢大の『三強』のひとつくらいには割って入りたいという思いがあったのですが、実際入れていなくて、まだまだ勝負できないというのが現実かなと思いました。

――今年度のスローガンとして『全員駅伝』というのもがありましたが

故障者も僕が1年生だった時に比べて本当に少なくて、みんなが箱根で優勝するという思いを持っていた分、全員駅伝をすることができたんじゃないのかなと思います。

「ことしは勝負できる年。しっかり勝負していきたい」

思い通りとはいかなかった初の箱根路

――来季からはついに上級生になります

3年目からは自由に練習ができて、悪い面も良い面も出る年なので、良い面をたくさん出していけるようにしていきたいですね。勝負できる年でもあるので、しっかり勝負していきたいと思います。

――具体的な目標はありますか

日本選手権の標準記録をトラックで切り、チームのエースの一角になることと、駅伝シーズンはこれまでチームの足を引っ張ってきた分、3年目でしっかり結果を出して4年生をサポートして1、2年生を安心させることのできる選手になりたいです。

――力のある4年生の選手が卒業しますが、来季はどのように戦っていきますか

ことしで抜ける選手は本当に強い選手ばかりで、ことしの駅伝シーズンも先輩たちに助けられた分、僕らの学年がその穴を埋めて、来年4年生になる先輩たちにはさらにその上をいってもらえるようにしていきたいなと思います。

――次のレースは唐津10マイルロードレースになりますが

地元が佐賀だったので高校1年生ぶりのレースになります。4、5年ぶりのレースになりますね。

――そのレースでの目標を教えてください

実業団の選手や、僕も含めたワセダの選手が多く出るのですが、やっぱり勝負をしていきたいなと思います。

――その次には日本学生ハーフマラソン選手権が控えていますが

1番苦手な距離というのがハーフの距離なので、その意識を断ち切るということも含めて、63分前半か62分台でゴールして他の選手に勝ちたいなというのはあります。

――最後に、読者の方へ向けて一言お願いします

ことし箱根を初めて走らせてもらって、ワセダの応援が本当にすごくて。初めてあんな歓声の中走ることができて気持ち良かったのですが、僕自身結果が残せていなくて、応援してくださっている皆さんのためにもしっかり結果を残していき、箱根でも総合優勝をして恩返しができるように頑張りたいと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 平野紘揮)

◆光延誠(みつのぶ・まこと)

1995(平7)年7月18日生まれのB型。167センチ、50キロ。佐賀・鳥栖工高出身。スポーツ科学部2年。自己記録:5000メートル13分54秒46。1万メートル29分03秒47。ハーフマラソン1時間3分53秒。2016年箱根駅伝7区1時間6分13秒(区間14位)

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