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スケート部

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2016.02.16

【連載】『平成27年度卒業記念特集』 第14回 三村亨太/スピードスケート

19年の恩返しを

 「早大を選択して間違いはなかった」。三村亨太(スポ=北海道・釧路北陽)はこの冬、19年という長い競技人生を終えた。小学生の時に早大のスケート選手を見て憧れを抱き、結果を出すにつれて早大への入学を意識し始めた。そして今、早大の主将をラストキャリアとし、長年乗り続けた氷上に別れを告げる。

 3歳のころ、親にスケートリンクへ連れられて、初めて刃の付いた靴を履く。そこで同年代の少年に「こうやって滑るんだぞ」と煽られ、悔しさに燃えたのがスケートを始めたきっかけだった。小学校中学年までは着々と実力がついていくのを感じた。大会で勝つたびに、スケートの楽しさを発見していく。しかし、いつまでも順風満帆にはいかなかった。小学校高学年になると次第に身長が伸びなくなり、結果を出すのが難しくなる。それでも、中学校までは続けてみよう、と競技人生に区切りをつけることはなかった。

19年をスケートに捧げてきた三村

 三村の人生で、機転があった。中学2年生のころ、がんだった祖父と交わした約束がある。全国大会の賞状を持ち帰る。そうして挑んだ全国大会だったが、入賞どころか試合で転倒してしまった。「まだ絶対生きるから」と励ましてくれた祖父は、三村の次の滑走を見届けることなく他界してしまう。「自分はちゃんと努力していたのか。約束も果たせないで…。自分に腹が立ちました」。中学3年生の全国大会では見事メダルを持ち帰り、祖父の仏壇で報告した。もうすこし早ければ。後悔が、その後のスケート人生の原動力となった。

 憧れの早大でのルーキーイヤー。三村がスケート人生で一番うれしかったと振り返るのが、日本学生氷上競技選手権(インカレ)男子10000メートル優勝だった。1年生ながら、実力的に戦える位置にいることはよく自覚していた。それまでの長い間、頂点には立てなかった三村にとって、競技人生をより華やかなものに塗り替えた瞬間だった。今までお世話になった先輩たちに恩返しできるレースにしよう。チームパシュートでも優勝に輝き、早大の総合2位に大きく貢献。最高の恩返しができたという充実感に満たされた。同期はおらず、新入生の加入しない時期が2学年続く。4年生で初めて先輩となり、最後の一年間を駆け抜けた。早大として臨むラストレースとなったインカレでは、男子10000メートルで5位に入賞。「最後は自分らしく終わろうと思って」と、先行して走るスケーティングスタイルで有終の美を飾った。

 早大は自分のスタイルに合う大学だったと語る三村。敬語などの最低限のマナーは守りつつも、気を遣いすぎずに1年生から伸び伸びと競技に打ち込めた。スピードスケートに加え、アイスホッケー、フィギュアスケートの三部門から成り立つ早大スケート部。先輩後輩、各部門で仲が良いのが早大の良さだという。お互いの部門の応援に駆け付けることも多い。「良い仲間たちがいっぱいいるなと思う」と言うと、目を細めた。早大スピードスケート部門は、来年度から新たに2人の頼もしい選手を迎えることが決定している。主将を引き継ぐのは若き新2年生だ。自分の仕事が落ち着いてきたら、声をかけて後輩を助けられれば。自分をつくってくれたスポーツに、そういうかたちで恩返しがしたい。「来年は、かなりおもしろいですよ。強い早大を復活させてほしいですね」。早大スピードスケート部門のさらなる進化に寄せる期待は大きい。

(記事 廣田妃蘭、写真 進藤翔太)

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