その他

2016.02.03

平成27年度卒業記念特集

第70回 高田康暉/競走(3月24日)

チーム全体で戦う集団を目指して

 「チーム全体で戦う集団にしていきたい。背中で引っ張るエース的な存在になりたい」――。1年前、そのような抱負をもって高田康暉(スポ=鹿児島実)は駅伝主将に就任した。主将としてのラストシーズン、自身は厳しい1年となったが、最後の東京箱根間往復駅伝(箱根)では自身、そして仲間の不調をチームの力で支えたことに、主将としての嬉しさを感じられたと言う。

 

第69回 田中言/競走(3月24日)

勝利への執念を胸に

 陸上競技界には『走る格闘技』と呼ばれる種目がある。800メートル。わずかトラック2周というスピード決戦に対応できる脚力と、ラストの競り合いに耐えうる強靭(きょうじん)なフィジカルが求められる。レース中は激しい接触もしばしば…。まさに『格闘技』の名にふさわしい、し烈な種目だ。そんな競技を「自分が勝負できる場所」と力強く語る男がいる。今季第101代競走部主将を務めた田中言(スポ=東京・早実)だ。

 

第68回 岡田一平/ラグビー(3月23日)

ノーサイドの瞬間まで

 「もっともっと練習して、うまい自分でいたい。強いSHでいたい」。主将として、そして一人のラグビー選手として、ひたむきに上を目指し続けた男がいる。ラグビー蹴球部主将・岡田一平(スポ=大阪・常翔学園)だ。今季のラグビー蹴球部は関東大学対抗戦4位、全国大学選手権セカンドステージ敗退と苦しい戦いを強いられた。しかし、どんな試合であってもチームはノーサイドの瞬間まで諦めずに戦い抜いた。なぜ戦い続けることができたのか――。そこには主将としてチームを鼓舞し続けた岡田の存在があった。

 

第67回 佐藤穣司/ラグビー(3月23日)

終わらない夢

 早大不動のNO・8、佐藤穣司副将(スポ=山梨・日川)が赤黒のユニフォームを脱ぐ時がついにくる。一年時から赤黒を経験し、体を張るプレーでチームを支え続けた四年間。その競技生活は成長と苦難の連続であった。「でも、早大に来てよかったと思います」。佐藤穣は自身の過ごした時間をこう振り返った。

 

第66回 藤田慶和/ラグビー(3月23日)

『楽しく』つかめ世界の頂

 12月27日、藤田慶和副将(スポ・東福岡)のラグビー人生が一つの区切りを迎えた。ラグビーを純粋に『楽しむ』ことを胸に、駆け抜けた四年間。ワセダで幾度も見せた、仲間と共にトライを挙げ笑いあうその姿は、藤田のラグビーに対する姿勢を象徴したものだった。入学当初から日本代表の招集を受け、チームを離れることが多かった。だが、チームを離れることに不安は無かったという。それは、自身のことを認め、送り出してくれた仲間の存在があったからだ。引退から1か月、黙々と練習に励む男は仲間の支えを背に次のステージへと進み始めていた。

 

第65回 加納雅也/競泳(3月22日)

悩み、成長した4年間

主将として迎えた最後の全日本学生選手権(インカレ)。『Winaffection~勝ちたい想い~』というスローガンの元、男子部は目標としていた総合4位を達成。個人としての結果は振るわなかった。しかしその中心にいたのは間違いなく、この1年間チームを率いた加納雅也(スポ=県岐阜商)だった。

 

第64回 中村克/競泳(3月22日)

新時代の開拓者

日本屈指のスプリンター、中村克(スポ=東京・武蔵野)がワセダを旅立つ。昨年5月のジャパンオープン2015(50メートル)で中村は一つの金字塔を打ち立てた。男子100メートル自由形での日本記録更新だ。水泳部の先輩・藤井拓郎(平20スポ卒=現コナミ)が持つ48秒49を0.08秒上回る48秒41をたたき出し、その名は一気に広まった。日本から世界へ――。中村は4年間で飛躍的な成長を遂げたのだった。

 

第63回 野中優/競泳(3月22日)

支え、つなげる

主将はマネージャー。これは大変珍しいのではないだろうか。「まさかなると思わなかった」と、野中優(スポ=愛知・中京大中京)も任命された時のことを振り返った。マネージャーであるからこそ気を配れるところを徹底していく。選手、マネージャーという2つの立場を経験した野中にとっての水泳人生はどんなものであったのか。

 

第62回 小長谷礼美/航空(3月21日)

部を愛する熱いまなざし

小長谷礼美(基理=東京・渋谷教育渋谷)は大会で常に周回を成功させ、得点を挙げるようなエースではなかった。しかし、誰よりも航空部のことを考え、愛する主将だった。取材時はいつも落ち着いた声と、冷静で端的な返答。しかしその言葉の数々からは、部に対する熱い思いが感じられた。「充実していた」と振り返った航空部での4年間、小長谷の中にあったものとは――。

 

第61回 佐藤友樹/スキー(3月20日)

追求心が見せたもの

 スキーという競技は個人種目だ。しかしチームで支えあったからこそ生まれる強さがある。スキー部は特にチームという意識が大きい。ことし、その柱を担ってきたのは佐藤友樹(スポ=新潟・十日町)だった。世界を舞台に活躍する選手が多いスキー部に憧れて入部し、徐々に結果を残し始めた佐藤友。主将になったとき、チームは全日本学生選手権(インカレ)で過去4年間、男子総合優勝に一歩手が届かないところにいた。「常に変化し続ける進化し続けるチームになってほしい」。そんな思いを込めて、掲げたチームのスローガンは『変革』。『変革』を求め、佐藤友が走り続けた日々とは。

 

第60回 江原明徳/少林寺拳法(3月19日)

苦難の末に手にしたもの

 「才能ではなく一番努力した人が勝てると思っている」。そう語る江原明徳(教=神奈川・桐蔭)自身もまた努力の人であった。質問に受け答える穏やかな口調からは、静かな闘志と責任感の強さが垣間見える。中学で始めて以来、ひたむきに少林寺拳法と向き合い、主将としてワセダをけん引した江原の4年間に迫った。

 

第59回 川勝美輝/ラクロス(3月18日)

未知への挑戦

部員数が100人弱に上る大所帯の女子ラクロス部をまとめ上げてきたDF川勝美輝(法=埼玉・春日部共栄)。チーム全体の底上げに力を注ぎ、プレー面だけではなく人としても一流であることを目指してきた川勝が駆け抜けてきた4年間とは。

 

第58回 畑田峻希/ラクロス(3月18日)

頂点を目指す理由

無情にも響き渡る試合終了のホイッスル。その瞬間、選手たちはフィールドにしゃがみ込んだ。その中で、唇をかみしめながらも、チームメイトと握手を交わし、肩を抱き寄せる選手がいた。ラクロス界でその名をとどろかせた畑田峻希(スポ=福井・若狭)だ。順風満帆に思われた競技生活。しかし、その終わりはあまりにもはかないものだった。必死に頂点を目指し続けた四年間。追い求めたものの先には一体何があったのだろうか。

 

第57回 小枝信介/日本拳法(3月17日)

泥くさく、自分を信じて

「常に考えてプレーすること」。理想とするチームに関して小枝信介(社4=埼玉・西武文理)はこう答えた。これこそが経験者が少ないながら、強豪校として名をはせている早大日本拳法部の強さの秘訣(ひけつ)なのではないか。田中健博主将(商4=東京・国分寺)がけケガのため欠場が多かった昨年、試合中のチームの柱を任されたのがこの男だった。数々の功績を残してきた小枝の4年間を振り返る。

 

第56回 溝口聖/ソフトボール(3月16日)

小さな巨人

身長159cm、体重59キロ。その小柄な体型からバントやカットなどを主とする小技系の選手だと思われやすい溝口聖(人=長崎・佐世保西)。しかし、溝口はそれとは対照的なプレーをする。強豪・早大ソフトボール部の3番打者を務め、この小さな身体でこの1年間『日本一のチーム』を引っ張ってきた。いわゆる小さな巨人と呼ばれる存在である。そんな小さな巨人が主将としての過ごしたこの1年間とはどういったものだったのか。また彼を裏で支えた仲間の存在にそれぞれ焦点を当て、話をお聞きした。

 

第55回 安藤圭彦・鎌田真気/合気道(3月15日)

合気道を通じて

 男女ともに好成績を残す合気道部。ことしも部をまとめてきた二人が卒業する。安藤圭彦主将(教=神奈川・茅ヶ崎北陵)と鎌田真気女子主将(教=埼玉・聖望学園)。栄光だけでなく、失敗や挫折もあった4年間を振り返った。

 

第54回 田寺洋貴/アーチェリー(3月14日)

生きがいを感じることができた場所

 「アーチェリーは生きがいに感じていました。引退して思うのは、アーチェリーがなかったらこれ以上充実した学生生活を送っていなかっただろうし、自分は学生生活を一番楽しんだ人間だと思うくらいアーチェリーにのめりこんでいました」。少し照れくさそうに語りながらも、自信が感じられるこの言葉から、田寺洋貴(人=茨城)が早大で過ごした4年間でいかにアーチェリーと真剣に向き合ってきたかがわかる。初心者からスタートしたこの競技。この4年間で、全日本学生王座決定戦(王座)に出場するほど目まぐるしい飛躍を遂げた早大アーチェリー部。田寺がアーチェリーと共に過ごした4年間は、一体どのようなものであったのだろうか――。 

 

第53回 辛島喬任/射撃(3月13日)

チームのために

 「自分は競技でガンガン引っ張っていけるような主将ではなかった」。インカレ男子総合5位入賞、男子部の関東一部復帰、5年ぶりの早慶戦勝利といった好成績を残した本年度のワセダ射撃部において主将、辛島喬任(法=東京・青山学院)が競技面で大きな貢献をしたとは言えないかもしれない。しかし常に部全体のことを第一に考えて奮闘してきたこの主将の存在があったからこその部の躍進であった。チームを支え続けた辛島の4年間とは。

 

第52回 梶田大和/ウエイトリフティング(3月12日)

最後に報われた主将

 バーベルを頭上に持ち上げその重量を競うウエイトリフティング。一見地味ではあるが、この競技に大学生活をささげた男がいる。主将の梶田大和(スポ=兵庫・明石南)だ。この1年間、早大ウエイトリフティング部を引っ張ってきた。高校時代にウエイトリフティングと出会ってから7年間。「振り返ってみるとケガに悩まされることの多い競技生活だったが、後悔はない」。そう言い切った梶田だが、ここまでには長い道のりがあった。

 

第51回 山城泰介/ゴルフ(3月11日)

成長のありか

 この一年、ゴルフ部にとっては激動の年であった。そのゴルフ部を率いたのは山城泰介主将(先理4=沖縄・開邦)だ。実力的にも、そして立場的にも部を引っ張ってきた山城。すべてを終えた今、この四年間をどう振り返るのだろうか。

 

第50回 藤田啓輔/ワンダーフォーゲル(3月10日)

命を背負う主将

 「頑張ったという気持ちとともに後悔がいっぱい残る」。藤田啓輔(社4=神奈川・平塚江南)は主将を終えてこのように振り返った。同期がおらず、自分には向いていないと思いながらも主将にならざるを得なかった藤田。限られたキャパシティの中で背負わなければいけないものは『全員の命』というとてつもなく大きなものであった。部を、部員を守るためには何ができるかを考え抜いた4年間に迫った。

 

第49回 齋藤太一/バドミントン(3月9日)

冷静に、そして熱く

 少数精鋭のバドミントン部にとって、齋藤太一(スポ=福島・富岡)は絶対に欠かせない存在であった。その強さの裏には、類いまれな才能と日々の努力の積み重ねがある。落ち着いてインタビューに答える齋藤の姿は、満足げであると同時に、その先を見据えていた。「チームのことに関して大変だと思う事はなかった」。そう言い切った齋藤は、4年間を振り返って何を思うのだろうか。

 

第48回 古賀輝/バドミントン(3月9日)

みんなで心を一つに

 「みんなで勝った方が、みんなで喜べる」。試合に出ない人も、ベンチに入らない人も、全員で一つの目標に向かっていく。古賀輝(スポ=埼玉栄)は、このような姿を目指してチームをつくりあげていった。団結力が功を奏し、全日本学生選手権(インカレ)では強敵を破って団体戦2位に輝く。個人戦でも、入学時から組み続けた齋藤太一(スポ=福島・富岡)とのダブルスは圧倒的な強さを誇り、三度のインカレ優勝を果たすという快挙も成し遂げた。古賀輝は今後も齋藤と同じ実業団に所属し、競技を続ける。

 

第47回 井上渓太/自転車(3月8日)

『戦うからこそ得られるもの』

 自転車競技のロードレースは、途中棄権さえたたえられることがある。優勝者を出すことがチームの勝利。そのためにアシストはエースの盾となり、風から守る。エースの体力消耗を最小限に抑えるためだ。自分を犠牲にしてでもエースを勝たせる。それがアシストの使命だ。2015年8月、全日本大学対抗選手権(インカレ)最終日。雨の中行われたロードレースで、早大は金子智哉(商3=神奈川・相模原)が8位に入賞した。この金子の入賞も、アシストなくして語ることはできない。この一戦にアシストとして臨んだ一人に、井上渓太(創理=東京・早大学院)がいる。

 

第46回 向江洋光/準硬式野球(3月7日)

『実感した勝利の味』

 低めを攻める制球力を武器に凡打の山を築く投球がこの男の持ち味。チームを幾度も勝利に導いてきた大黒柱・向江洋光(人=大分上野丘)がこの春、卒業を迎える。3年時の東京六大学春季リーグ戦(春季リーグ戦)では最優秀防御率賞のタイトルを獲得した頼れる右腕だ。リーグ優勝も2度経験した。しかし四年間を振り返った時に浮かんでくるのは、そんな栄光ではなく、4年時に感じたもどかしさだった。

 

第45回 小林奈央/女子ソフトテニス(3月6日)

『逆境でも戦い抜く姿勢』

 「未練はありません」。きっぱりと言い切った。早大のエース、日本のエースとして数多のタイトルを手にしてきた小林奈央(スポ=香川・尽誠学園)は、ことしで自身の競技人生に幕を引く。悔しさも喜びも味わったという早大での四年間に迫る。

 

第44回 船水雄太/男子ソフトテニス(3月6日)

『二つの立場で目指した頂点』

 「見えないところで人一倍努力して、一歩先に行く。そして背中を見せる」。船水雄太(スポ=宮城・東北)は主将としての自分をこう振り返った。常勝軍団の早大軟式庭球部を率いる主将として、幼き頃からの夢だった日本代表として迎えたラストイヤー。誰よりも熱い闘志を燃やし、常にその瞳は頂点だけを見つめ続けていた。

 

第43回 中谷篤人/応援(3月5日)

応援に魅せられて

 「選手が勝ったら自分たちも勝ち」。44あるワセダの体育会の内、唯一勝敗のつかない応援。そのことをどうとらえているのかと問うと、代表委員主将を務めていた中谷篤人(創理=静岡・掛川西)はそう答えた。選手が勝てばそれにつながる応援をした自分たちも勝ち、負ければ背中を押しきれなかった自分たちも負けである。2015年、多くの部が優勝や早慶戦勝利などの好成績を挙げた。本当にうれしかったと振り返る中谷から、一心同体となって選手と共に戦う応援への熱意が感じられた。

 

第42回 山根司/フェンシング(3月4日)

信頼が生んだ強さ

 圧巻の五冠。今や史上最強となった女子エペを一からつくり出したのは山根司(スポ=香川・三本松)だった。高校時代に出会った顧問の先生をきっかけに競技の魅力に目覚めた山根司は、大学でもフェンシングを続けることを決意。だが、入部した早大女子エペは当時関東学生リーグ戦(リーグ戦)で2部リーグ所属と今のように強いわけではなかった。そこから多くの苦難を乗り越え、歓喜を手にした彼女の4年間に迫る。

 

第41回 木村浩一郎/ホッケー(3月3日)

一人一人に『寄り添う』

 「キャラが濃い仲間たちを中和する、そんな役割だったと思います」。屈託のない笑顔でこう語ったのは木村浩一郎(スポ=栃木・今市)。学生主体で練習に取り組むという難しい環境で、主将として上に立つだけではなく、一人一人に寄り添い、「中和」する役割を果たしてきた。明るく前向きな性格で仲間から愛されてきた木村。決して順風満帆ではなかった4年間で彼は何を思い、何を得たのか。

 

第40回 東江雄斗/ハンドボール(3月2日)

4年後も、「エース」として

 「2020年には日の丸の袖にキャプテンマークを巻いていられるような、そんな中心選手になっていたい」。そう話す東江雄斗(スポ=沖縄・興南)の表情からは、日本ハンドボール界の未来を担う者としての自負が、しっかりと伝わってきた。1月には初めて日本代表の正式メンバーに選出されるなど、すでに新たな舞台へと歩み始めた「早大のエース」が、苦悩や重圧を乗り越えた4年間を振り返る。

 

第39回 太田翔/ハンドボール(3月2日)

粘り強く、学生らしく

 全日本学生選手権(インカレ)決勝、試合終了のホイッスルが日体大の優勝を告げると、早大の選手たちは皆泣き崩れた。「俺なんかについてきてくれてありがとう」。充血した目でチームの一人一人に感謝を伝えて回る選手がいた。太田翔(スポ=北海道・札幌月寒)だ。伝統ある早大ハンドボール部の歴史に主将・太田翔が刻んだものとは――。

 

第38回 島本拓哉/ヨット(3月1日)

ヨットと出会って人生が変わった

 島本拓哉(スポ=千葉・磯辺)。全日本学生選手権(全日本インカレ)で念願の連覇を達成した早大において、この男の存在は欠かせなかった。スナイプ級のエースとして長くチームを引っ張り、国際大会にも2度出場したチームの大黒柱だ。在籍した4年間、ヨット部に大きな力を与えた島本。一方で、島本は4年間で何を経験し、何を力に変えたのだろうか。最高の環境で過ごした時間がもたらしたものは、濃く、深い。

 

第37回 小泉颯作/ヨット(3月1日)

大スターの苦悩

 地平線を見つめる瞳が、何かを語ることはない。サングラスに隠されて表情がわからないからだ。その謎めいたカリスマ性に、憧れたセーラーは数知れず。日本ヨット界を引っ張ってきた小泉颯作(スポ=山口・光)は、強豪の早大にあってもすぐにエースとなった。どこにいてもエース。しかし最終学年、主将に就任した小泉は、苦悩の末に大きな決断をする。全員で勝つために、早大が強豪であり続けるために、そのカリスマ性を捨てたのだ。

 

第36回 佐藤敏基/米式蹴球(2月29日)

一つのキックに全力を尽くして

 安定感抜群のFG、大勢の観客が感嘆の声を漏らすパント。昨年のワセダにはすごいキッカーがいた。佐藤敏基(社=東京・早大学院)。出番は少ないが、その一つ一つのプレーを確実に成功させ勝利をもたらす、チームに不可欠な存在だ。大学では珍しいキッカー専門というポジション。だからこそ誰にも負けられないプライドがあり、誰よりも一つのキックに全力を尽くしてきた。

 

第35回 コグラン・ケビン/米式蹴球(2月29日)

フットボール漬けの副将

 5年ぶりに甲子園ボウル出場を果たした早大米式蹴球部BIG BEARS。チームの鍵とも言えるディフェンスを支えたのが、コグラン・ケビン(商=東京・早大学院)だ。OLにも当たり負けしないパワーと、フィールドの広い範囲をカバーするスピードを兼ね備える。それも、地道な努力の積み重ねで得た力だ。全ては日本一になるため。コグランは大学の4年間をフットボールにつぎ込んだ。

 

第34回 村橋洋祐/米式蹴球(2月29日)

波乱万丈

 186センチの長身、100キロを超える恵まれた体格。村橋洋祐(スポ=大阪・豊中)。関東の古豪・早大で主将を務め、5シーズンぶりに関東大学秋季リーグ(リーグ戦)を制覇、そして甲子園ボウル出場。結果を見れば、間違いなく順風満帆の4年間だ。しかし、華々しい功績の裏には、村橋自身も「まさに波乱万丈」と語る、苦難の道のりがあった。

 

第33回 洞口幸雄/レスリング(2月28日)

新たな道へ

 「レスリングをいつ始めたか覚えていない」と語るほど、人生の大半をレスリングに費やしてきた洞口幸雄(スポ=岐阜・岐南工)。早大ではレスリング部主将を務め、チームスローガンである『底上げ』を実現させてみせた。天皇杯全日本選手権(天皇杯)をもって現役を引退したが、レスリング人生に終止符を打ったわけではない。今春から柔道整復師の資格を取るために専門学校へと進学し、トレーナーとして第2のレスリング人生をスタートさせる予定だ。

 

第32回 唐木沙彩/バレーボール(2月27日)

背中で語る『1点』への思い

 「何年経っても帰ってこられる場所」。早大バレーボール部とは、という問いに対し唐木沙彩(スポ=千葉・柏井)はこう答えた。先輩たちを必死に追いかけ、最終学年で背負ったのは主将としての重圧。それでも、笑顔で大学生活を振り返られたのはなぜか。そして、そこに至るまでの知られざる苦悩と戸惑いとは。夢中で駆け抜けた4年間の軌跡を追った。

 

第31回 阿部あずさ/バレーボール(2月27日)

開拓し続けたデータの道

 早大バレーの勝利の条件。それは、緻密なデータだ。いまや早大の代名詞とも言えるデータバレーの基礎を築き、長として支えてきたのはアナリストの阿部あずさ(スポ=神奈川・洗足学園)。阿部は「さまざまな人との出会いや経験をさせてくれたバレーボールに感謝をしている」と自らのバレー人生を振り返って笑顔でそう語った。しかし、阿部にとって早大でのアナリストとしての日々は苦難の連続だった。たどり着いた先で、この4年間を笑顔で振り返ることができたわけとは。阿部の知られざる4年間に迫る。

 

第30回 福山汰一/バレーボール(2月27日)

考え続けるスマートな主将

 「バレーを始めて、どんなプレーでもきれいにやりたかったんですよ。スムーズにゲームを進めていきたい中で、高校も無駄な動きをしないという感じでした」。福山汰一主将(スポ=熊本・鎮西)はこう言って、クスッと笑った。試合中はあまり表情を変えずにクールな印象を受けるが、コートの外では明るく取材に応じてくれる。その語り口は理路整然としていて、要領のよさがうかがえた。そんなキャプテンについて、チームメートの小林光輝(スポ1=長野・創造学園)は以前このように話したことがある。「頭が良いというかスマートで、バレーボールというのを知っています」。どうすれば大学日本一という目標に最短で到達できるのか。常にそれを考え続けた4年間だった。

 

第29回 永田達矢/空手(2月26日)

大切な瞬間

 『主将』という言葉は、短くして、その響きは重い。先頭に立ってチームを引っ張る者に、求められるものとは何か。誰にも負けない圧倒的な実力だろうか。巧みな言葉と行動で人を惹きつける力だろうか。それとも――

 永田達矢(商=東京・早稲田)は、突出した強さを誇るわけでも、類まれなカリスマ性を備えているわけでもない。それでも、幾多の葛藤を抱えながら、時には悔しさを押し殺しながら先頭に立ち続ける。そんな彼に導かれる部員たちの目に映ったのは、誰よりも一生懸命で、誰よりもチームを愛する『主将』の姿だった。

 

第28回 小倉佳祐/体操(2月25日)

栄光への助走

 会場の張り詰めた空気を一気に突き破る助走の音。力強い踏み切りから誰よりも高く宙(そら)に舞う。大きな弧を描いた放物線は、着地点にしっかりと刺さった――。4年生で出場したNHK杯で、小倉佳祐(スポ=千葉・習志野)は跳馬の最高難度の大技ロペスハーフを日本人で初めて成功させた。全日本種目別選手権(種目別)では跳馬3連覇を達成。世界選手権の日本代表補欠に選出され、もう少しで世界に手が届くところまで登りつめた男の、これまでの体操人生とは。

 

第27回 藤原昇平/体操(2月25日)

自分で『考える』体操を

 国際試合で団体優勝の経験もある藤原昇平主将(スポ=埼玉栄)。4年間の集大成として挑んだ夏、早大体操部が長年目標にしている全日本学生選手権(インカレ)団体3位に向けて、チームも藤原自身も仕上がりは上々だった。しかし肘のケガに襲われ、出場すらかなわなくなってしまう。それでも、主将の自分に何ができるかを考え続けた。その結果、学生最後の大会である全日本団体選手権(全日本)では6位入賞を果たし有終の美を飾る。いま、波乱万丈の4年間を振り返って何を思うのか――。

 

第26回 大島祐哉/卓球(2月23日)

進化の先に

 また一人、偉大な選手がワセダから巣立つ。大島祐哉(スポ=京都・東山)、その卓越した実力でチームに勝利をもたらし続けた男だ。世界で活躍するようになっても、大学の団体戦に出場することにこだわり続けた絶対的エース。その胸には、ワセダに対する強い思いがあった。

 

第25回 山本勝也/卓球(2月23日)

『ワセダ』を背負って

 「後輩には、もっとワセダとしての誇りを持ってほしい」。他の大学にはない『ワセダブランド』を背負い、チームをけん引した山本勝也(スポ=石川・遊学館)。卓球ではもちろん、普段の行動から「ワセダとしての誇り」を持ち続けた。主将という重役も務め、技術面のみならず内面も成長を遂げた山本は、今後も実業団でプレーを続ける。

 

第24回 小道野結/卓球(2月23日)

苦難を乗り越えて

 昨年の秋季関東学生リーグ戦(秋季リーグ戦)で悲願の連覇を遂げた女子卓球部。快挙を達成し、みなで喜びを分かち合う輪の中心には小道野結(スポ=神奈川・横浜隼人)がいた。 エースとして、そして主将として、チームをけん引し続けた小道野。しかし有終の美を飾るまでの道のりは、決して平たんなものではなかった。

 

第23回 大澤佳純/馬術(2月22日)

努力の日々

 昨年、全慶応義塾対全早稲田定期戦(早慶戦)で完全優勝を果たした早大馬術部。3年ぶりに雪辱を果たして全種目完封という劇的な勝利を手にした。それは主将として部員を率いた大澤佳純(教=神奈川・桐蔭学園)なくしては成しえなかった。最高の引退試合で競技生活に幕を閉じた大澤に迫る――。

 

第22回 山本摩也/女子サッカー(2月21日)

確かな『成長』、未知への『挑戦』

 今季のア式蹴球部女子(ア女)は文字通り「最強」だった。関東女子リーグ戦、関東大学女子リーグ戦、皇后杯全日本選手権関東予選の全てで優勝し、見事関東三冠を達成。さらに先月行われた全日本大学女子選手権も制し、5大会ぶりに全日本王者戴冠を果たした。「過去3年間にはない勝負強さがあった」。記念すべきシーズンをこう振り返る山本摩也(スポ=スフィーダ世田谷)は、選手としてだけでなく、副将としてもチームの快進撃を支えた。ア女に捧げた4年間。それは彼女にとって、自身の確かな成長を実感できた4年間でもある。

 

第21回 松川智/女子サッカー(2月21日)

日本一への道のり、その先に待つ海外挑戦

 今季のア式蹴球部女子(ア女)は、どこまでも粘り強く、泥くさく戦い抜いてきた。関東3冠だけにとどまらず、先月行われた全日本学生女子選手権(インカレ)では5大会ぶりに悲願の優勝を達成。「優勝した瞬間は今までにないくらい嬉しかったです。日本一が初めてだったので」。こう振り返るのは、この1年間主将としてア女を支えてきた松川智(スポ=大阪桐蔭)。「4年間、本当に上手くいくことばかりではなくつらいこともあった」と、二度の大ケガに苦しんだ時期。「主将としての最終学年は一番短く一番内容の濃いものであった」と、有終の美で終えたラストイヤー。松川の4年間は、一体どのようなものであったのだろうか。

 

第20回 田中太郎/男子サッカー(2月20日)

『人間力』

 90分間絶え間なく走り続け、どんな相手からも勇敢にボールを奪いにいく。ア式蹴球部が目指すサッカーには、全員のハードワークが不可欠だ。この理想のスタイルを語る上で、田中太郎(商=静岡・藤枝東)の存在は欠かせない。右サイドで精力的にアップダウンを繰り返し、力の限りピッチを駆け回る。その献身性が幾度となくチームを救い、勇気づけた。そんな田中の活躍もあり、今季チームは悲願の関東大学リーグ戦(リーグ戦)優勝を達成した。ついに成し遂げた、関東制覇という最大の目標。しかし、田中がこの歓喜の瞬間を迎えるまでには、さまざまな苦難や葛藤があった。

 

第19回 堀田稜/男子サッカー(2月20日)

誰よりも速く、ひたむきに

 全日本大学選手権(インカレ)準々決勝。顎のケガの影響で関東大学リーグ戦(リーグ戦)の終盤3試合に出場できず、優勝に貢献できたという実感はなかった。だからこそ、仲間への感謝の思いをプレーで示したかった。しかし無情にも試合終了の笛が鳴り響く。慣れないヘッドギアを着けたMF堀田稜(商=浦和レッズユース)は悔しさと共に最後のピッチを後にした。

 

第18回 金澤拓真/男子サッカー(2月20日)

熱き男の4年間

 この男のプレーを見た者は鮮烈な印象を受けたに違いない。決して恵まれた体格とは言えないその体。迫りくる強敵を跳ね返しては何度も立ち上がる。ピッチに響き渡る魂の叫びは90分間途切れることなく仲間を鼓舞し、統率してきた。背番号4、金澤拓真(スポ=横浜F・マリノスユース)。その姿、その声はまさに今季のア式蹴球部の象徴。エンジの伝統にその名を刻むこととなる金澤の4年間は偶然ではなく、必然の積み重ねが紡ぎ出したものであった。

第17回 本橋菜子/女子バスケットボール(2月19日)

苦悩と歓喜、共に味わった4年間

 昨年度、関東大学女子リーグ戦(リーグ戦)で連覇を達成した早大女子バスケットボール部。主将として1年間チームを率いた本橋菜子(スポ=東京・明星学園)には特別な思いがあった。3年生のとき主力選手として、リーグ戦と全日本大学選手権(インカレ)の優勝に貢献。しかし最後のシーズンの序盤に大ケガを負ってしまう。主将でありながらコートに立つことができず、もどかしさを感じたこともあったが、それでも最高の仲間と共に大学女子バスケットボール界の頂点を目指し続けた。そしてケガから復帰し、つかみ取ったリーグ戦の優勝。苦悩と歓喜を味わった本橋の、早大に対する思いを聞いた。

 

第16回 池田慶次郎/男子バスケットボール(2月19日)

情熱をささげた4年間

 2015年11月6日。4年目にしてついに悲願の関東大学1部リーグ昇格を果たした池田慶次郎(社=東京・京北)の目には、涙が溢れた。バスケットボールとひたすら向き合ったこの4年間の中で、最も輝かしい記憶だ。時に冷静に、時に熱く、主将としてチームを率いた池田が目指した先には何が見えていたのであろうか。

 

第15回 小林里紗/フィギュアスケート(2月16日)

『自分らしさ』を求めて

 「人それぞれのオリジナルのプログラムを作れること」。小林里紗(社=東京・三輪田学園)が思う、フィギュアスケートの魅力だ。テレビでよく耳にする、4回転ジャンプやトリプルアクセルといった用語。ジャンプばかりがピックアップされるが、ステップやスピン、音楽や振り付けこそがスケーターの色を引き立てる要素だという。卒業を迎えたいま、小林の目指した『オリジナル』に迫る。

 

第14回 三村亨太/スピードスケート(2月16日)

19年の恩返しを

 「早大を選択して間違いはなかった」。三村亨太(スポ=北海道・釧路北陽)はこの冬、19年という長い競技人生を終えた。小学生の時に早大のスケート選手を見て憧れを抱き、結果を出すにつれて早大への入学を意識し始めた。そして今、早大の主将をラストキャリアとし、長年乗り続けた氷上に別れを告げる。

 

第12回 石川貴大/アイスホッケー(2月15日)

エンジのプライド

  その男が見据える先には、いつも『優勝』の二文字があった。厳しさの先には栄光があると信じていた。シーズン最後の公式戦である日本学生氷上競技選手権(インカレ)でベスト8に終わった早大。キャプテンの石川貴大(スポ=埼玉栄)はこの結果を「悔しいの一言に尽きる」と言い切る。勝つことに対し、誰よりも強いこだわりを見せた石川。勝利への欲をかき立てるものは一体何だったのだろうか。

 

第11回 榊原祥孝/相撲(2月14日)

相撲を通して成長

  廃部の危機とまで言われた早大相撲部を、53年ぶりの東日本学生リーグ戦1部昇格を決めるチームに復活させた男がいる。並み外れた体格から繰り出す取り組みは、常に冷静沈着。チームの将として、部員全員を背中で引っ張ってきた。4年生不在の中、3年生から主将を務め、相撲部復活に大きく貢献した榊原祥孝(社=千葉・専大松戸)は、自らの相撲人生をこう語る。

 

第10回 小西晃代×田中寧葉/水球(2月13日)

以心伝心のプレー

  「自分の中で満足しきっている試合」。自身の引退試合を振り返り、女子部主将を務めた小西晃代(社=埼玉・秀明英光)はそう語った。昨年の日本学生選手権(インカレ)での3位決定戦。ワセダは第3ピリオドが終了した時点で5点のビハインドという苦しい状況にあった。普段の試合ならそうそうひっくり返すことのできない点差だ。しかし、そこから試合の空気は大きく変わる。点差にひるむことなく攻めの姿勢を貫き、意地のプレーで得点を重ねて同点へ。そしてペナルティーシュート戦に持ち込み、プレッシャーをはねのけて見事な勝利を手にした。その歓喜の輪の中心には、努力を重ねチームをけん引した小西と田中寧葉(スポ=埼玉・秀明英光)の姿があった。盟友である二人が一緒に戦い続けた4年間とは――。

 

第9回 大久保侑/弓道(2月12日)

仲間が安心する存在へ

 弓道との出会いは高校時代だ。「かっこいい」。静寂の中、弓を射る凛とした姿に憧れを感じ、大久保侑(スポ=岩手・福岡)は弓道部に入部を決める。弓道と向き合い続けた7年間は決して順風満帆と言えるものではなかった。特に早大に入学し、主将を務めた4年時には重圧に押しつぶされることもあり、思うように弓を引けなくなることもあったという。それでもチームのことを一番に考え、苦しみ抜いたこの1年間は大久保を大きく成長させた。早大弓道部の門をたたいてから4年。大久保はいま何を思っているのだろうか。

 

第8回 立浪祐/柔道(2月11日)

『精力善用』

 団体戦で毎回活躍するようなエースではなかったが、ワセダの柔道部とは何か、どういう柔道をするべきなのか、誰よりも考えてきた人物がいる。立浪祐(社=富山・小杉)、2015年度の柔道部をまとめた男子部主将だ。

 

第7回 畝尾奈波/剣道(2月10日)

ワセ女剣士たちの道標

 「自分の負けよりチームが勝ったことの方が嬉しい」。この言葉を口にできるアスリートが、いったいどのくらいいるだろうか。最後の早慶対抗女子試合で、チームは勝ったものの自身は思うような結果を出せなかった時の言葉だ。名門・早大の剣道部をけん引する主将にかかる重圧は、並大抵のものではない。その中で、常にチームのことを一番に考えてきた畝尾奈波(スポ=京都・日吉ケ丘)だからこそ、心から口にできた言葉だ。

 

第6回 嘉数卓/剣道(2月10日)

小さな巨人

 身長165センチ。一般的に長身が有利とされる剣道という競技において、正直心もとない数値だ。しかし、嘉数卓(スポ=神奈川・桐蔭学園)はそうしたハンディキャップをものともせず、自分より一回りも二回りも大きな選手にも恐れずに立ち向かう。鋭い打突で次々と相手を沈めていくその姿は、まさしく『小さな巨人』。全日本学生選手権(インカレ)に2回出場を果たすなど、早大を代表する選手として華々しい戦績を残してきた。しかし、嘉数の競技人生は決して順風満帆というわけではない。誰よりも真摯(しんし)に剣道に向き合い続けた男の、栄光の裏に隠された苦悩とは――。

 

第5回 榊原春奈/漕艇(2月9日)

尽きぬ向上心

 圧倒的な実績を持つ早大のエースが卒業を迎える。榊原春奈(スポ=愛知・旭丘)は1年時に五輪出場を果たし、その実力でチームをけん引してきた。大学での4年間はケガによる不調にも苦しんだが、実力者ぞろいの早大漕艇部という組織の中で精神的な成長を確かに感じた。遠からず日本のエースとなる榊原が、ボートへの思いを語る。

 

第4回 土屋愛/漕艇(2月9日)

『One WASEDA』の体現者

 今季の全日本大学選手権(インカレ)では女子ボート界で史上初の『全種目優勝』を果たした女子部。主将としてチームを栄冠に導いた土屋愛(スポ=新潟・阿賀黎明)は歓喜の輪の中心にいた。持ち味のスタートからゴールまで漕ぎを変えない安定したローイングで、主にストロークとして艇のリズムをつくり上げる。そしてワセダが全員の力で勝利をつかむために、誰よりもチームのことを考えた。土屋が『One WASEDA』の体現者にまで成長した理由が、4年間の漕艇部生活に凝縮されている。

 

第3回 長田敦/漕艇(2月9日)

背中で伝える

 レース成立の白旗が上がった瞬間、戸田ボートコースが熱狂に包まれた。第42回全日本大学選手権(インカレ)、19年ぶり2度目の男子エイト優勝。この快挙をストロークとしてリズムをつくりだし、勝利に導いた長田敦(スポ=石川・小松明峰)はまさに『背中で示す主将』だ。4年前、早大の門戸をたたいた男を待っていたのは高校時代のような輝かしい日々ではなかった。葛藤、敗北、そして最後につかんだ栄冠。常に部をけん引してきた長田の瞳にはいま何が写っているのだろうか。

 

第2回 宮地真知香/庭球(2月8日)

『この一球』の精神で

 全日本大学対抗王座決定試合(王座)で男女アベック10連覇の快挙を達成した早大庭球部。その常勝軍団を1年間女子主将として支え続けてきたのが宮地真知香(社=福岡・折尾愛真)だ。個人戦でも団体戦でも活躍を見せた4年間だったが、「レギュラーとして試合に出ることはもちろん、主将になるとは思ってもみなかった」という。真摯(しんし)な姿勢でテニスと向き合い、背中でチームを引っ張ってきた宮地が歩んできたテニス人生を振り返る。

 

第1回 今井慎太郎/庭球(2月8日)

主将として、エースとして、王者として

 今井慎太郎(スポ=神奈川・湘南工大付)――エースとして、男子部主将として、この1年間常にチームの中心で走り続けた男だ。全日本大学対抗王座決定試合(王座)において11連覇を成し遂げたラストイヤーは、全日本学生選手権(インカレ)男子シングルス優勝という悲願のタイトルを手にした年でもある。チームとしても個人としても学生界の頂点に登り詰めた今井にとって、ワセダでの日々はひたすらにテニスと向き合う4年間だった。