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2014.10.28

【連載】『伝説を刻め~Make Legend』 第1回 大竹耕太郎

 絶対的エース有原航平(スポ4=広島・広陵)の離脱。優勝争いに最後まで挑んだ春とは一転、受難の秋となってしまうと危惧する声もあった。そんなワセダを救ったのはルーキー大竹耕太郎(スポ1=熊本・済々黌)だった。ここまで主に第1先発としてリーグトップタイの4勝を挙げているシンデレラボーイに今季を振り返ってもらった。

※この取材は10月22日に行われたものです。

試練乗り越え

――きょうはどういった練習をしたのですか

立大戦後初めての練習だったので、疲れを抜くためのジョグ程度の軽めのトレーニングでした。

――では今季のお話に移らせて頂きます。まずは今季を振り返っていかがでしょうか

春季リーグ戦を終えて、先発を任せられることを目標にこの夏取り組んできました。その目標を達成することはできましたが、明大戦では自分が原因で負けてしまったので、反省する部分は反省しつつ、現在は慶大戦に向けて調整しています。

――夏に主に取り組んだポイントはどこでしたか

大学に入ってきて少しフォームを崩しているという印象が自分の中でありました。実際に球も走っていませんでしたし、思ったところに投げられていませんでした。そこを夏の間に改善して、思ったところにキレのある球を投げられるようにすることを目標にやってきました。

――現在は理想のフォームに近づいていますか

東大戦以降はいいフォームで投げられていると思います。

――夏季オープン戦では短いイニングの救援が多かったですが、先発で長いイニングへの不安はありませんでしたか

高校時代はチーム事情もあり、自分が1試合1人で投げ切るのが当たり前の環境でやってきたので、不安などはなかったです。逆にリリーフで試合中に展開を見ながら調整するほうが難しかったです。自分は9イニングの中で悪い部分を調整しながら投げていくスタンスなのですが、夏季オープン戦では1イニングだけという日も多くて、なかなか自分の力を発揮できずに降板することが多くて、もどかしい部分もありました。

――リリーフでの調整で何かつかんだものはありましたか

長いイニングを投げられない分、投げ込みも走り込みも多くやりました。その成果がオープン戦で出て、コンスタントに結果が出たので、そこは評価していいかなと思います。

――開幕投手を告げられたときはどういった心境でしたか

開幕週の水曜日に監督室に呼ばれて開幕投手で行くと言われたのですが、投げるとしても2戦目の先発かなと思っていたので、正直、驚きと責任が大きいなと思いました。そのときに岡村猛監督(昭53二文卒=佐賀西)に「打たれても俺の責任だから」と言ってもらったので、肩の荷が下りました。任せられた以上はやるしかないという気持ちでした。

――結果は7回無失点。味方が点を取ってくれた次の回を抑えたのが大きかったのではないでしょうか

ピンチで一段ギアを入れ替えて、三振を取ることができたのが大きかったです。

――初勝利の感触はいかがでしたか

こんな早い段階で初勝利を挙げられるとは思っていませんでした。そういった意味でこの初勝利を契機に勝利を積み重ねていきたいと思います。

――法大戦での調子はいかがでしたか

あのときは比較的腕も振れていて、いい調子で投げられていました。

――明大1回戦では打ち込まれてしまいましたが、明大は意識されていたのでしょうか

やはり明大は違うなと感じました。応援も他の大学よりも迫力があり、太鼓の音が心臓にきました(笑)。それに加えてあまり調子が良くなくて打たれてしまいました。

――いま振り返ると失点の原因は

思ったところに投げることができなかったのが一番ですね。ストライク先行で投げることができなかったので、どうしてもストライクを取りに行って、打たれてしまうということの繰り返しでした。

――その後東大1回戦では5回1失点と立て直しました

明大戦の反省を生かして、夏前のように崩れていた投球フォームを空き週で修正しました。すぐに試合のDVDを手配してもらって、法大戦の良かったときのフォームと見比べながら、悪い部分を探しました。

――「一番いい投球だった」と試合後語った東大2回戦、具体的にどの部分が良かったのでしょうか

ストライク先行で投げることができましたし、思ったコースに投げることができていたので、ボール球で相手を揺さぶり、遊ぶ余裕があったということです。その余裕が明大戦ではなく、ストライクを取ることで精いっぱいでした。

――自らを客観的に見るとどういった投手だと思いますか

打てそうで打てない投手だと思います。何かの雑誌に「気づいたら完封されている」と書いてあったのですが、それが自分の理想の投球です。打たれながらも点は許さないという投球が自分の持ち味なので、先日の立大戦のように走者を許しながらもどうにか抑えるというのが自分のスタイルです。

――その立大戦も7回のピンチを乗り切りました

やはり失点した後の切り替えの重要性を監督さんも夏から常に言われています。そこからどれだけ粘れるかという面では、立大戦では2回戦も3回戦も1点取られた後に粘れたと思います。

「ケガなく4年生の最後まで活躍し続ける」

対談中は大竹にあどけない笑顔も見られた

――ワセダに入学した理由を教えてください

早慶に憧れていて、どちらかに入りたいという気持ちがありました。そんなときに将来的にプロ野球に入りたいと考えたときに環境面などでワセダを選びました。

――練習見学はされましたか

3年生の6月に参加させてもらいました。

――春はなかなかベンチ入りできませんでした

田舎から出てきて、まだ環境に慣れていなかったという点で、野球に集中に出来なかったという点はありました。

――済々黌高とワセダのユニフォームは似ていると言われますが、初めて袖を通したときはいかがでしたか

容姿はほとんど変わりませんが(笑)、伝統のユニフォームと帽子のかたちとかいいなあと思いました。

――正直、甲子園と神宮、どちらのほうが緊張しましたか

どっちもそんなに緊張しなかったですね(笑)。

――あまり緊張しないタイプなのですね

そうですね。甲子園とか大事な試合を経験することで精神的な不安はほとんどないですね。

――2ヵ月に及ぶリーグ戦、疲労度はありませんか

体調管理は難しいですね。実際自分も東大戦の前に体調を崩してしまいました。ちょうど季節の変わり目ではあるので、しっかり気持ちを維持していくのは難しいですね。

――体調管理で気をつけていることはありますか

加湿機能付きの空気清浄器を付けました。それは親が東京に来た時に置いていったのですが(笑)。

――親御さんが試合を見に来ることもあるのですか

法大戦の先発が水曜日に決まったので、親に連絡したらすぐにチケットを取って見に来てくれました。やはりわざわざ見に来てくれて打たれたら申し訳ないので、抑えなきゃいけないという気持ちになりました。

――ご自身のカーブについて

高校時代はほとんど投げていませんでした。スライダーと直球しか投げていませんでした。いまはツーシームとカーブを多投しています。

――スライダーではなく、カーブを投げている理由は

ブルペンで投げていく中でそれが急に良くなりました。ツーシームとカーブはどちらも高校時代は投げていませんでしたが、いまでは生命線となっています。

――カーブが低めに決まるときは調子の良さが伺えます

そういう意味では調子のバロメーターになっています。

――相手の打者は気になってしまうタイプですか

その打者が良い打者かどうかを気にするよりも、その打者が何が苦手でどこを打つのが上手いというのを、1打席目のスイングなどから判断しています。小学生から投手一筋なので、これを投げたら打たれるなどの予感などは長けていると思います。

――六大学に入って対戦したい打者はいますか

甲子園で自分がテレビで見ていた打者が多くいて、それこそ興南高や日大三高の選手など、自分がすごいなと思っていた選手と普通に野球ができていることが信じられないです、刺激になります。

――あまりガッツポーズなど感情に出さないのは理由があるのですか

どこでそうなったかは分からないのですが、あまり意識して表情を変えないというよりはその場面が終わってもまだ終わりじゃないという意識があるからです。もちろんゲームセットの瞬間には腕を上げて喜びますが、それまでは気を抜かないという意味でも、あまり感情の起伏は表さないようにしています。

――捕手の土屋遼太(教4=東京・早実)選手とはいかがですか

この夏、合宿や遠征を通して仲良くさせて頂いています。それが試合にもいい影響があって、内野からも声を掛けて頂けますし、やりやすい環境でやらせてもらっています。1年生ですが、1年生ではないような扱いをして頂いているので有り難いです。

――サインは完全に土屋選手に任せているのですか

一応、首を振ることもあります。自分の意思も伝えつつ、イニング間にもその日の調子などを話し合っています。

――そこはある程度自分の意見を持ちつつというかたちなのですか

やはり投手にしか分からないということもあると思うので。それをしっかりと伝える必要があると思います。それを土屋さんは受け入れてくださるので。

――土屋選手はいい捕手ですね

本当にいいキャッチャーです(笑)。

――練習を共にして感銘を受ける先輩はいらっしゃいますか

同じポジションの先輩になりますが、有原さんは今まで見た中で一番迫力もありますし、練習に取り組む姿勢も素晴らしいと感じました。3、4年生になると練習に対してルーズになってしまう部分も少なからずあると思いますが、有原さんは自分を律して、積極的にランニングに取り組まれています。そういった場面を見て自分ももっと努力しなきゃいけないと感じます。

――有原投手からアドバイスを受けることはありますか

リーグ戦ではベンチで見守って頂いているので、「体の開きが早い」などフォームに関する指摘をして頂くことがあります。試合前は必ず金曜日に食事に連れて行って頂いて、たらふく食べて、試合に臨むということがルーティン化しています。

――以前、有原選手から「お前がエースだ」というメールを受け取ったとお伺いしましたが、将来的にエースになりたいという思いはありますか

もちろん将来的には『18』番をつけて野球をしたいですね。やはり4年生の最後になって完成形になりたいです。そのためにケガなく4年生の最後まで活躍し続けたいと思います。

――同じ1年生の柳澤一輝投手(スポ1=広島・広陵)も活躍されていますね

投手としては全く正反対のタイプで、がっしりとした体格からものすごく速いストレートを投げるという点ではすごいなと尊敬する部分はあります。日常では自分と同じく2月から練習を始めていて、家も同じなので頼れる存在です。

――1年生だとどなたと仲が良いのですか

遠征に行った3人(柳澤投手、北濱竣介投手(人1=石川・金沢桜丘)、八木健太郎選手(スポ1=東京・早実)と仲がいいですね。

――一般的に緩いボールは投げるのが怖いと言いますが、大竹選手はカーブを投げる際そういった気持ちになることはありますか

高めに行ってしまうと打たれる可能性があるのは分かっているので、緩いボールは特に低めの意識は高いです。ワンバウンドで構わないぐらいの意識で投げています。

――テンポが速いイメージがあります

テンポは本当に大事にしています。守っている先輩からテンポが良い方が守りやすいという声を聞くので、特に意識しています。

――法大戦では2本のヒットを放ちましたが、打撃練習を行うことはあるのですか

リーグ戦期間はやっています。一応高校時代は3番を打っていたので、嫌いではないのですが、木製バットだと全然飛ばないですね(笑)。

「優勝というものを味わってみたい」

力投する大竹

――ご自身にとって早慶戦とはどのような舞台ですか

憧れというのが一番強いです。こうやって早慶戦に出場できるかもしれないという立場にいるのが、信じがたいというか感謝しています。

――今春は優勝の掛かった早慶戦で初ベンチ入りを果たしました

ベンチ入りしたくて、リーグ戦中も継続して練習はしてきたのですが、早慶戦は自分の中で特別なものだという印象がありまして、早慶戦の前に調子が良くてベンチ入りさせて頂いたので、監督さんにも絶対投げる場面はあるからと言われていたので、心構えはできていました。

――目まぐるしい試合展開の早慶2回戦、どういった気持ちでマウンドに上りましたか

やはり平常心で投げるということを一番に考えていました。あれだけの観客の中で平常心で投げることは難しいとは思いますが、その中でしっかりと腕を振ることを考えました。

――いきなり谷田成吾選手(3年)に不運な当たりの適時打を許しましたが

やはり満塁ということで、アウトを1個ずつ取りたかったので、打たせたつもりだったのですが…。クリーンアップだったので、しっかり切り替えて次の打者を打ち取ることを考えました。

――続投した次の回にもピンチを迎えましたが、好フィールディングでダブルプレーを奪いましたね

あれは体が勝手に動きました。

――今回の早慶戦も優勝が懸かってきます

優勝というものを味わってみたいと思います。お世話になっている4年生のためにも優勝に貢献したいという思いが強いので、自分のできる仕事であるしっかりと抑えたいです。

――最後に早慶戦での意気込みをお願いします

必ず2連勝して、優勝して良いかたちで終れるように自分のできる仕事を全うしたいと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 井上義之)

大竹

◆大竹耕太郎(おおたけ・こうたろう)

1995(平7)年6月29日生まれ。182センチ。74キロ。熊本・済々黌高出身。スポーツ科学部1年。熊本から東京に出てきて一番びっくりしたことは、という問いに水道水が飲めないことと答えた大竹選手。「熊本は水道水が地下水から採っていて、ミネラルウォーター並です!」故郷の話になると話のトーンも若干上がっていたのが印象的でした。

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