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2014.03.12

【連載】『平成25年度卒業記念特集』 第46回 新藤耕平/漕艇

燃え尽きぬワセダ愛

 「ストイックですね」。部員たちは皆、新藤耕平(スポ=山梨・富士河口湖)への印象をこう答える。引退レースとなった全日本選手権、決勝進出を逃すまさかの結果に新藤の心に芽生えたものは悔しさのみだった。高い志を持ち、ボート漬けの日々を送った4年間。その中で一切揺らぐことのなかった一つの信念がある。それは誰にも負けぬ『ワセダ愛』だ。

 ワセダとの出会いは中学生の時。先生から早慶レガッタの映像を見せてもらったことがきっかけだった。そして富士河口湖高時代、かつての先輩たちも出場していた早慶レガッタを隅田川で観戦した。しかしワセダは宿敵の前に敗戦。選手たちが関係者に謝りにまわるその姿に「責任の重さを鮮烈に感じた」という。伝統深いエンジの誇りを目の当たりにした新藤。この舞台で漕ぎたい、戦い抜いてみたい。かつてない強い憧れを抱き、自身の進むべき道を見出した瞬間だった。

 シングルスカラー新藤耕平として名をはせた高校時代。ワセダへの入部後、目指すものは自然と『絶対的エース』になっていった。エースは2人いらない。自分自身が強くなること、それが新藤の目標であった。しかし3年時、早慶レガッタの対校エイトクルーにおいて大きな転機が訪れる。慣れ親しんだストロークサイドからバウサイドへの転向だ。それまで同じサイドでライバルとして見ていた吉原至前主将(平25スポ卒=現中部電力)、山下貴大(スポ=佐賀・唐津西)、そしてクルー全体への認識が変わった。「誰と組んでも1番になれるように。そのためには皆がエースでなければ勝てない」。求めるものはワセダの勝利。チームスポーツである漕艇において、最も大切なことに気付かされた。

 満を持して迎えた主将としてのラストイヤー。「楽しく漕いで速くなってもらいたい」という考えの下、オフシーズンには多くの部員が自己ベストを更新した。しかし春先の早慶レガッタ、いきなり悲劇が訪れる。7艇身差という歴史的大敗。「やってきたことが何もかも間違っていたのではないか」。エンジの誇りを貫いてきた新藤にとってあまりにもつらい現実だった。自分の愛情を全てワセダとボートに――。頭を丸め、勝負の夏に向け再スタートの覚悟を決めた。

早慶レガッタは悔しい結果に終わった(新藤は左から3番目)

 自信をつけて挑んだ夏の全日本大学選手権も王者・日大の牙城を崩せず3位に終わる。残すは漕艇界日本一を決める戦い、全日本選手権のみとなった。「(引退しても)次があると思いたくなかった。それだけワセダを愛している」。自身のワセダ愛の集大成。新藤のこの大会への思いはひとしおだった。だがその気持ちとは裏腹に、思うように艇が走らない。ジワジワと他艇に差を広げられたワセダは決勝進出を逃し、4年生も大会最終日を迎えずに引退。「まだまだ漕ぎたかったな」。誰もが予想しなかったかたちでの終幕に、新藤は悔しさをあらわにした。

 「うれしいと思えたのは朝起きて筋肉痛だった時とレースで勝った一瞬だけ」。この言葉にも新藤のストイックさが見て取れる。己の全てを懸け、ワセダに尽力した漕艇部での生活。2013年のエンジのブレードは、新藤耕平の色に染め上げられたといえるだろう。ワセダとしての戦いを終え、今後どのように漕艇に関わっていくのか。この問いに新藤は力強く答えた。「漕手復帰します。そして漕手を引退したらコーチ、監督としてワセダの日本一を取り返しに来ます」。新藤の心に燃えたぎるワセダ愛。その火が消えることは未来永劫(えいごう)決して、ない。

(記事 細矢大帆、写真 荒巻美奈)

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