その他

2014.02.09

平成25年度卒業記念特集

第65回 垣永真之介/ラグビー (3月26日)

試練の果て

 早大を支え続けた大黒柱が卒業する。垣永真之介(スポ=東福岡)。赤黒の3番を常にまとい最終学年では主将を務めた。しかしその競技生活は試練の連続。主将として伝統あるチームを率いた陰で多くの苦難を味わう。垣永が歩んだ4年間と描く未来とは。

 

第64回 金正奎/ラグビー (3月26日)

夢に向かって

 無情にも冬空に響く、ノーサイドを告げるホイッスル。全国大学選手権決勝、国立競技場(国立)の電光掲示板のスコアは34―41。垣永組、あと一歩のところで『荒ぶる』の夢が途絶えた瞬間だ。そんな中、ピッチ上には人目をはばからず大粒の涙を流す金正奎(教=大阪・常翔啓光学園)の姿があった。副将として、部員を声でも背中でも引っ張ってきたこの1年。「やっぱり悔しい」。試合後には率直な思いも口にした。それでも引退時に自身の4年間についてすがすがしい表情でこう振り返った。「後悔はないです」。

 

第63回 河野恭介/スキー (3月25日)

世界の舞台へ

 アルペン競技で世界へ羽ばたく。スキー部をけん引してきた河野恭介主将(スポ=長野・飯山北)の夢だ。部員と切磋琢磨(せっさたくま)しながら、自らの滑りを追求した大学競技生活。4年間で世界レベルに飛躍を遂げた河野の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

第62回 丸山政宏/空手 (3月24日)

やっぱり空手が好きだから

  誰よりも明るく、優しく、そして強く。丸山政宏(社=東京・世田谷学園)ほど、キャプテンという言葉が似合う男も珍しいだろう。高校でも主将を務め全国制覇を経験した丸山がワセダで目指したのは、「楽しくて強い」空手部。どんなにプレッシャーがかかる局面でも全力で空手を楽しみ、全力で勝ちにいく――その背中は、いつだって頼もしかった。

 

第61回 須藤智恵/競泳 (3月23日)

仲間の大切さ

 「チームのことを思うと頑張れた」。そう話すのは、水泳部競泳部門女子主将を務めた須藤智恵(人=埼玉栄)。絶対的エース星奈津美(平25スポ卒=埼玉・春日部共栄)が抜けた昨年、女子部をまとめ上げた最大の功労者である。そんな須藤の4年間は『チーム』という存在なしには語れない。ワセダを想い続けた4年間を振り返る。

 

第60回 伊藤慶太/競泳 (3月23日)

笑顔と共に

 昨年、日本学生選手権(インカレ)で男子総合5位という目標を達成した水泳部。そのチームをけん引したのは伊藤慶太(スポ=東京・本郷)だ。一人のスイマーとして力泳することで、分け隔てなく部員と話をすることで、誰よりも大きな声を出し仲間を応援することで、チームを盛り上げ続けた主将の4年間をたどる。

 

第59回 遠山雄人/弓道 (3月22日)

頂点を目指して

 「同期や先輩、後輩の支えがなければ、ここまでやってこられなかった」。遠山雄人(スポ=奈良・橿原)はこれまでの大学弓道生活をそう振り返る。穏やかな表情で語るその目には、仲間と共に歩んできた日々が鮮明に映し出されていた。日本一を目標に掲げ、常に上を目指し続けた4年間。楽しさと苦しさの入り混じったその中で、部員としてそして今季は主将としてチームに貢献し続けてきた遠山の弓道人生とは。

 

第58回 井田翔太/自動車 (3月21日)

支えて、支えられ

 「もう一回自動車部をやりたい」。終始和やかな雰囲気で続いた取材の最後、笑顔でこう語った井田翔太(政経=埼玉・開智)。思うような結果を残せずにいた自動車部で、主将を務めて、部員たちの支えになるまでの4年間に迫る。



 

第57回 固城妃美/水球 (3月20日)

与えられた使命

 昨季創部初の日本学生選手権(インカレ)2位を達成した女子水球部。歓喜の輪の中心にいたのは、たった一人の最上級生としてチームを支え続けた固城妃美主将(教=東京・藤村女)だ。強豪・東女体大を破っての決勝進出という快挙。しかし、固城妃にとって東女体大に勝つということは単なる一つの勝利ではなく、もっと特別な意味を持つことだった。



 

第56回 木﨑亮太/ゴルフ (3月19日)

チームのために

 2年ぶりの関東大学秋季Aブロック対抗戦(秋季リーグ戦)に出場した早大。結果は5位と何とか残留を果たした。結果発表に喜ぶ部員たちの中、木﨑亮太主将(スポ=茨城・水城)は一人涙を流していた。その涙にはどんな想いが込められていたのであろうか。学生ゴルファー木﨑亮太の4年間に迫る。



 

第55回 安藤英里/ゴルフ (3月19日)

自ら切り開いた4年間

 「部も成長したし、自分自身も部といっしょに一回りも二回りも大きい人間になれた」。そう語る安藤英里(国教=東京・江戸川女)はいまからちょうど4年前、部員がゼロだった女子部にたった一人で入り、部を再始動させた。ゼロからスタートし、昨年秋には関東女子大学秋季Bブロック対抗戦で優勝するまでに導いてきた安藤は4年間を「挫折もいっぱい経験した」と振り返った。



 

第54回 松本潮霞/ウエイトリフティング (3月18日)

有言実行の副将

 松本潮霞(社=千葉・松戸国際)は有言実行の選手だ。大学に入学して間もなく開催された全日本選手権63キロ級で優勝。社会人も出場する全日本選手権での優勝は周囲も自分も驚きの結果だった。「『よかったね』ではなく『おめでとう』と言ってもらえるように頑張る」大会後の松本の言葉である。運ではなく、実力で栄光を勝ち取りたい。1年生の松本はそう決意した。



 

第53回 中尾優子/卓球 (3月17日)

チームへの思い

 「苦しいことも楽しみながらできた。そういう意味で充実した4年間だった」。中尾優子(人=岐阜・富田)は4年間をこう振り返る。主将を任された4年目は、努力がなかなか結果に結びつかずに苦しんだ。それでもチームのために最後まで全力を尽くした。



 

第52回 松平健太/卓球 (3月17日)

カベの向こうに

 相手を惑わす巧みなサーブ、攻撃を跳ね返す強力なブロックを武器に、並み居る強豪を倒してきた松平健太(人4=青森山田)。世界選手権シングルスベスト8と日本トップレベルの選手として輝かしい成績を持つ。一方で、栄光とは裏腹に結果がついてこない時期も続いた。ぶつかった大きなカベと、乗り越えた今――。卓球と真摯に向き合った4年間を振り返る。



 

第51回 板倉健信/卓球 (3月17日)

勝つことを求めて

 4年前、当時は常勝であったチームに加わった板倉健信(スポ=福岡・希望が丘)。板倉の大学生活は勝つことが当たり前だった下級生時代と、勝てずに悩み抜いた上級生時代に分けられる。リーグ戦での優勝から苦しい低迷期までさまざまな経験をした4年間を、どのような思いで過ごしてきたのか。



 

第50回 羽田康佑/ホッケー (3月16日)

Strong Stroke

 昨年11月26日に行われた、秋季関東学生リーグ(秋季リーグ戦)優勝決定戦。ワセダがリーグ制覇を決めたこの試合でも、グラウンドにはいつも通り、彼の声が響いていた。ホッケー部主将、DF羽田康佑(教=奈良・天理)。DFというポジション、そしてチームをまとめる立場から、フィールド全体を俯瞰し指揮する。ワセダの快進撃に羽田は欠かせない存在だと、誰もが認めただろう。しかしながら、主将として舵を取ったこの一年は、決して順風満帆なものではなかった。



 

第49回 関口晃由/応援 (3月15日)

改革を目指して

 日本中どこへでも体育各部の応援に駆け付ける。関口晃由(教=東京・東洋)は厳格な雰囲気をまとったその背中でその応援部を取りまとめ、常に観客の先頭に立って応援を指揮してきた。「楽しいと言えば楽しかったが、つらいことも全くなかったわけではなかった」。堂々としたその姿の奥に潜んでいた葛藤とは。



 

第48回 嶋田太郎/射撃 (3月14日)

野球ボールから銃、初心者から大黒柱へ

 「軽い気持ちが全て」—―。射撃部に入部した理由をこう語った嶋田太郎(政経=長野・松本深志)。しかし、日に日にその魅力に引き込まれ、気づけば4年間を全力で駆け抜けていた。初心者だった嶋田がラストイヤーには主将に就任。2年ぶりに男子部を1部の舞台へ導いた。その裏には主将の役割を模索し、チームのために奔走する姿があった。



 

第47回 桂拓也/軟式庭球 (3月13日)

努力と変革

 2013年8月4日。優勝をかみしめるように、山形の夜空へ桂拓也主将(スポ=奈良・高田商)がこぶしを突き上げた。連覇を目指し、臨んだ全日本大学対抗選手権(インカレ)。苦闘の末、頂点に立つと、力の限り声援を送り続けていた部員たちが歓喜に沸いた。一年間の集大成として位置付けられる夏の決戦で早大軟式庭球部・桂の強さが証明された。桂の四年間の取り組み、そして主将としてチームを率いたこの一年を振り返る。

 

第46回 新藤耕平/漕艇 (3月12日)

燃え尽きぬワセダ愛

 「ストイックですね」。部員たちは皆、新藤耕平(スポ=山梨・富士河口湖)への印象をこう答える。引退レースとなった全日本選手権、決勝進出を逃すまさかの結果に新藤の心に芽生えたものは悔しさのみだった。高い志を持ち、ボート漬けの日々を送った4年間。その中で一切揺らぐことのなかった一つの信念がある。それは誰にも負けぬ『ワセダ愛』だ。

 

第45回 大石綾美/漕艇 (3月12日)

その一漕ぎに感謝を込めて

 出漕と同時に一気に前へ。そこから他を寄せ付けない強さで後続を突き放すレース展開。大石綾美(スポ=愛知・猿投農林)が操る艇はいつもそうだ。太陽の光が水に反射しキラキラと輝く中、歓声に包まれガッツポーズを見せる姿をこの4年間で幾度見たことだろうか。まさにワセダの絶対的支柱、そして日本ボート界期待の星だ。

 

第44回 野村美加/アーチェリー (3月11日)

大切な仲間と共に

 「絶対不動のエースになる」──。この宣言から野村美加(スポ=石川・金沢桜丘)のアーチェリー部生活は始まった。部員が少ないからこそ1人でも欠けては勝てない。順風満帆な時期ばかりではなかった野村の4年間の支えとなったのは仲間の力だった。

 

第43回 宮下亮介/少林寺拳法 (3月10日)

悩み抜いた4年間

 体育会に公認されて6年。新しい歴史を作っていった拳士たちがまたワセダを巣立つ。高校で少林寺拳法と出会い7年。大学卒業で競技から離れる宮下亮介(社=埼玉・川越東)の大学生活は常に思い悩む日々であった。

 

第42回 岩下祐太/ハンドボール (3月9日)

勝利への渇望

 全日本学生選手権(インカレ)優勝が決まった瞬間、岩下祐太(スポ=熊本・千原台)はコートに顔をうずめるようにして、泣いた。その姿をみて選手たちは駆け寄り、ベンチからも全員が飛び出す。チームの守護神であり、大黒柱でもあった岩下は誰よりも『優勝』の意味と、その言葉の重みを理解していた。涙の理由がそこにある――。

 

第41回 西野誠士/日本拳法 (3月8日)

『逃げない』強さ

 「大学生活は日本拳法一色だった」。ワセダ日本拳法部の戦力・精神的大黒柱、西野誠士主将(社=大阪・清風)は大学4年間をこう振り返る。部員の約9割が大学から競技を始めるという環境内にあって10年以上の格闘技経験をもつ西野。けがやリハビリと格闘し夢中で打ち込んだ日本拳法に懸ける思いと西野が見据える今後とは――。

 

第40回 榎本大希/男子サッカー (3月7日)

夢と現実の間で

 プロサッカー選手、それは全てのフットボーラ―が憧れる舞台である。大観衆に囲まれてプレーする姿は実に輝かしい。だがそこに辿り着けるのはほんの一握りの選手のみ。多くの若者が挑戦しては夢破れ、自身のキャリアにピリオドを打ってきた。FW榎本大希(スポ=横浜F・マリノスユース)もまた、己の夢に向かって戦い続けた男である。大学4年間で得たもの、そして最後に下した決断とは。

 

第39回 三竿雄斗/男子サッカー (3月7日)

憧れの舞台へ

 今季のワセダを象徴する選手は誰か。きっと多くの名前が挙がるだろうが、やはりDF三竿雄斗副将(スポ=東京ヴェルディユース)を忘れるわけにはいかない。2年時からスタメンに定着し、左サイドバックとして確固たる地位を確立。そんな三竿の大学時代の原動力となっていたのは、プロになるという明確な意思だった。

 

第38回 中田航平/男子サッカー (3月7日)

Captain The 1st

 「地獄でしたよ」。誰もが羨むようなその人が歩んできた道は、決して明るい場所だけではなかった。数々の実績を誇る名門・ア式蹴球部。その絶大なカリスマ性で、個性派ぞろいのチームをまとめあげたのが、MF中田航平主将(スポ=横浜F・マリノスユース)である。Aチームでのスタートから一転、故障によって試合から遠ざかり、3年間で5分しか試合に出られないという苦渋を味わった。それでも折れることなく、最後まで走りぬいたワセダのリーダーが4年間で得たものは何だったのか。

 

第37回 渡井汐莉/女子サッカー (3月6日)

『粉骨砕身』

 『プロになる』――、渡井汐莉副将(スポ=鹿児島・鳳凰)にとって長年の夢であった。ボールを使った遊びが大好きだった幼少時代、その中からサッカーを選んだのは運命だったのかもしれない。女子選手がサッカーを始めるきっかけは父や男兄弟であることが多いが、渡井の周りには一人も経験者がいなかったからだ。小学校に上がると地域のクラブチームに所属、本格的に始めるやいなや自然とプロを意識し始めた。高校では九州の強豪・鳳凰高校で練習を積み、女子サッカーの名門・早大の門をくぐった。1年時にはインカレ優勝を経験、徐々にその実力を発揮し始める。その選手人生はこのまま順風満帆に進むかに見えた。

 

第36回 千葉梢恵/女子サッカー (3月6日)

勝利をつかむまで

 あらゆるスポーツにおいて常勝軍団は存在する。常に勝利を求められ勝者のメンタリティを持つアスリートたちは、その裏にすさまじい努力を重ねているだろう。ア式蹴球部女子、DF千葉梢恵主将(スポ=宮城・常盤木学園)もまたその一人だ。大学サッカー界の女王であるワセダの一員として戦った4年間とは一体――。

 

第35回 青木祐喜/剣道 (3月5日)

仲間に支えられて

 剣道場に響く部員たちの声。この和気あいあいとした雰囲気が早大剣道部の伝統であると、青木祐喜主将(スポ=茨城・水戸葵陵)は語る。今季主将を務め、多くのカベにぶつかりながらも突き進んできた青木。決して平坦ではなかった4年間の道のりを支えて来たのは、仲間の存在だった。

 

第34回 星野映/柔道 (3月4日)

自身の「成長」

 「きつかったけど、自分が成長したと実感できた」。早大柔道部の一員として過ごしてきた日々を振り返り、星野映(スポ=埼玉・春日部)はこう語る。ケガが多く、駆け足で過ぎていった4年間。主将として過ごしたラストイヤーは、柔道ができないもどかしさに歯噛みすることもあったという。そんな中でも確かに感じた、自身の「成長」。柔道をやめたいと思ったことは一度もないという星野の、柔道に懸ける思いとは、一体どのようなものだったのだろうか。

 

第33回 水谷董/女子ラクロス (3月3日)

大事なもの

 「後ろにすみさんがいるから大丈夫、そんな選手になりたかった」。抜群の安定感と信頼感で幾度となくピンチを救い、早大ゴールを守ってきた水谷菫主将(スポ=東京・青陵)。ゴーリーとして、また、主将としてチームを支えた日々は決して平たんなものではなかった。日本一をめざし、ラクロスに注いだ4年間とは。

 

第32回 左官佑樹/男子ラクロス (3月3日)

輝ける場所

 ただ日本一だけを目指し、妥協を許さないその姿勢は常勝ワセダの道しるべとなっていた。ラクロス部主将、左官佑樹(スポ=千葉・市川)。引退したいまもなお、その目から闘志の火は消えていない。圧倒的な力で学生日本一を果たし、16年ぶりに社会人クラブチームを撃破。しかし、あと1勝のところで日本一を逃した。91番の若人は悔しさを刻み、澄み渡る紺碧の空のもと、エンジ色のユニフォームを脱いだ。

 

第31回 山田虎太朗/アイスホッケー (3月2日)

勉強の4年間

 大きな体を生かしたダイナミックなプレーや、DFらしからぬ積極的な攻撃参加で、見る者を魅了する。今季、早大の副将を務めた山田虎太朗(社=北海道・駒大苫小牧)は、3、4年時に学生で唯一の世界選手権代表に選ばれるなど、日本代表としても活躍する日本アイスホッケー界の至宝だ。ことし、日本学生氷上競技選手権(インカレ)で4年ぶりの日本一を達成するなど、一見順風満帆な日々を過ごしてきた山田。しかし、早大での4年間は決して華やかなだけではなかった。この4年間で山田が得たものとは――。

 

第30回 羽刕銘/アイスホッケー (3月2日)

『優勝』の価値

 サドンデスのゲームウイニングショットにもつれ込んだ明大との大激戦を制し、迎えた歓喜の瞬間。そこには両手を広げてリンクへ駆け出し、感情を爆発させる羽刕(うしゅう)銘主将(スポ=北海道・駒大苫小牧)の姿があった。早大を4年ぶりの日本学生氷上競技選手権(インカレ)優勝に導いた羽刕。冷静で堅実なキャプテンは、一体どんな思いを胸にチームを率いてきたのか。

 

第29回 飯田裕貴/フィギュアスケート (3月1日)

苦楽すべてを力に変えて

 「いままでで一番スケートに向き合えた」。飯田裕貴主将(社=東京・豊島学院)は、大学生活を振り返ってこう語る。憧れのワセダの看板を背負って滑る喜びと同時に、アスリートとしての苦難を乗り越える難しさも味わった4年間。しかし、そのすべてが推進力となり、飯田を成長させた。

 

第28回 黒岩聖矢/スピードスケート (2月28日)

後悔を糧に

 「いま振り返ると後悔しかありません」――。黒岩聖矢(スポ=群馬・前橋育英)は自身の大学での4年間をスピードスケートにおいても、勉強においても後悔の多いものであったと振り返った。この4年間、多くの苦悩を味わい、カベにぶつかり、思うような結果が出ないこともあった。それでもなお挑み続けた黒岩が大学でスピードスケートを通じて得たものとはいったい何なのだろうか。

 

第27回 河上宗平/バスケットボール (2月27日)

追求し続けたエース像

 早大バスケットボール部のエースとしてプレーしてきた河上宗平(人=京都・洛南)。ユニバーシアード選出といった数々の輝かしい個人成績を残した一方で、早大のエースとして悩み、そして苦しんだ。「引退するまでエースという立場を手探りの状態でやってきたというのが本音」と語るように、最後まで理想のエース像を追い求めた河上。チームを引っ張り、エースという立場を全うした河上の4年間を振り返る。

 

第26回 森仁美/バスケットボール (2月26日)

チームのための笑顔

 「自分が怒られても、チームのことを第一に考える」。主将として過ごした今シーズンで誇りに思うことを聞かれると、森仁美(スポ=大阪薫英女学院)はそう言って笑みをこぼした。逆境の中だからこそ笑顔を見せる。この1年間で幾度となくチームを救った笑顔だ。

 

第25回 ディーン元気/陸上競技 (2月25日)

目標は出発点に

 誰もが憧れる世界最高峰のスポーツの祭典・五輪。ロンドンの地で行われたその晴れ舞台でディーン元気(スポ=兵庫・市尼崎)が放ったやりは82メートルの決勝進出ラインを上回ってみせる。ずっと目指してきた憧れの場所で躍動した瞬間だった――。

 

第24回 大迫傑/陸上競技 (2月25日)

二つの表情

 レース後に行われる囲み取材。その輪の中心から発せられる言葉は、淡白な選手として大迫傑(スポ=長野・佐久長聖)の姿をメディアの上に描き出していく。孤高のエース──。そう捉える人も少なくはない。昨年、東京箱根間往復大学駅伝(箱根)を前に渡米し練習を積んだという事実もその印象をより深いものにした。こうした発言や行動の根底にあるもの。それは、「勝ちたい」という気持ちだった。シンプルな気持ちが芯としてあるからこそ言葉の無駄も削ぎ落されていく。芯が揺らいだことは一度だって、ない。

 

第23回 真所美莉/フェンシング (2月24日)

追い求めた頂点

 ピストの上で繰り広げられる戦いには、さまざまな思いが交錯する。真所美莉(スポ=宮城・仙台南)が抱き続けたのは、勝利への思い。情熱を胸に、ひたむきに頂点を目指した。フルーレとサーブルの2種目で早大フェンシング部を引っ張ってきた主軸。その活躍の裏には、地道な練習と、仲間の存在がある。4年間の大学競技生活で、真所が手にしたものとは――。

 

第22回 北川隆之介・鬼澤大真/フェンシング (2月24日)

楽しもう

 軽快なステップ。鋭い剣さばき。響き渡る雄叫び。豪快なパフォーマンスで試合を楽しませる、北川隆之介(スポ=埼玉栄)と鬼澤大真(社=茨城・常磐大高)。高い実力で数多くの敵を倒し、ワセダを勝利へと導き続けた。しかし、その栄光の陰には地道な努力と数々の困難、そして互いの強い支えがあった。

 

第21回 桐岡洋平/ヨット (2月23日)

友と乗り越えた苦悩

 「石原(裕太、文構=東京・早大学院)には感謝している」。そう語った桐岡洋平(社=東京・早大学院)はこれまで目立つような成績を残すようなセーラーではなかった。そんな桐岡が大学最後のシーズンで飛躍的な成長を見せ、瞬く間にレギュラーに。この成長の裏にあったものとは、そして大学4年間をヨットに懸けてきた思いとは何だったのか。

 

第20回 三浦康嵩/自転車 (2月22日)

苦悩の先に見えるものは

 自転車部主将、三浦康嵩(スポ=青森・八戸工)。振り返ると、この4年間は後悔だらけだという。決して楽しいことばかりではなかったが、それでも「自転車のおかげで人生を楽しめている」と断言する。三浦はどんなことを考えながら自転車部での4年間を過ごしたのだろうか。

 

第19回 高橋早紀/バレーボール (2月21日)

勝利を求めて

 「なぜ勝てないのか、悩み続けた1年間」。高橋早紀(スポ=東京・下北沢成徳)が主将として過ごしたこの1年は苦悩の連続だった。全日本大学選手権(インカレ)優勝という輝かしい成績を残した男子部の影で、2部降格という屈辱を味わった女子部。下級生主体のチームは立て直しを図ったが最後のインカレも2回戦敗退となり、努力が実を結ぶ瞬間は訪れなかった。結果を出せないことに責任を感じつつも、チームの先頭に立ち戦い続けた高橋。闘将が抱き続けた勝利への思いとは――。

 

第18回 吉村康佑/バレーボール (2月21日)

気持ちでは負けない

 秋季関東大学リーグ戦(秋季リーグ戦)の決勝、カウント24-23。あと1点で悲願のリーグ戦制覇が決まるその状況で、主将の吉村康佑(スポ=長崎・佐世保南)はセッターの山口頌平(スポ1=長崎・大村工)にこう告げた。「俺に決めさせてくれ」。そして、全力で放ったスパイクが相手コートに突き刺さる。その瞬間、ワセダの優勝が決まった。『優勝』の二文字から長らく遠ざかっていた早大。そんなチームのかじを取った吉村の4年間とはどのようなものだったのだろうか。

 

第17回 岩井康祐/アメフト (2月20日)

聖地に帰るその日まで

 もう一度あの甲子園へ――。現4年生が1年生だった当時、BIG BEARSは甲子園ボウルへの出場を果たした。しかし晴れの舞台に立ったものの、突き付けられた結果は残酷なものだった。関東では全く経験したことのない立命大の力強さ。点差以上の圧倒的な差を見せつけられ、岩井康祐(商=東京・早大学院)は「サイドラインで見ていることしかできなかった」と自分の無力さを痛感していた。そして、再び聖地に返り咲くことを誓った。

 

第16回 小笠原知也/アメフト (2月20日)

『考動』の体現者

 完敗だった。秋季リーグ戦最終節。法大に完封負けを喫し、BIG BEARSの戦いは終幕した。追い求めた理想とはほど遠い結末。だが、主将の小笠原知也(スポ=東京・戸山)はある確信を口にした。「新しい体制の土台ができたと思います」。指導者や方針、環境が変化する中で、手さぐりしながら進んだこの一年。チーム再生に奔走し、実直にぶつかってきた男の軌跡をたどる。

 

第15回 久保田雅大・森岡瑛登/合気道 (2月19日)

積み重ねた鍛錬を糧に

  昨年11月に行われた全日本学生大会(インカレ)で団体アベック優勝に輝いた合気道部。4年生は、久保田雅大主将(教=石川・県立輪島)と森岡瑛登(スポ4=静岡学園)のみだが、その存在感の大きさは計り知れない。主将として部をけん引してきた久保田と3年生になってから学生大会無敗を誇る森岡。「性格が真逆だからこそ、一緒にいてお互い得るものがたくさんある」という森岡の言葉から感じられる二人の絆。厳しい練習を共に乗り越えてきた4年間には人一倍の努力と富木合気道発祥の地ワセダとして負けることはできないという強い思いがあった。

 

第14回 北村公平/レスリング (2月18日)

苦難の先に

 「ワセダでレスリングを続けていて、1度もレスリングをやめたいと思ったことはなかった。それは練習も、みんなに会うのも、寮生活も、毎日が楽しかったから」――。北村公平(教=京都八幡)は自らの4年間をこう振り返った。どうしても勝てない、そんな時期を乗り越え、4年生で学生二冠を成し遂げた北村は、新たなステージに向けて足を踏み出す。

 

第13回 大坂昂/レスリング (2月18日)

前へ

 高校時代からグレコローマンスタイル(グレコローマン)で実績を残してきた大坂昂(スポ=秋田商)。入学後も下級生の頃から個人戦だけではなく、団体戦にも出場し活躍を見せてきた。最終学年として臨んだシーズンは主将として部をまとめ、創部史上初の快挙を達成。一方、個人面ではルール改正により苦手な部分の強化に励んだ。将来的には五輪の金メダルを目指して――。これからも挑戦は続いていく。

 

第12回 駒田開/準硬式野球 (2月17日)

苦悩乗り越えつかんだ喜び

 大きな声でチームを鼓舞する姿が見られなくなるのは、少しさびしい。2013年度シーズン。メンバー表の一番上に書かれる名前は、いつも「駒田開」(スポ=福岡・修猷館)だった。リードオフマンとして、主将として、チームを牽引した男は準硬式野球部員としての日々を「充実した4年間だった」と、一言で振り返った。

 

第11回 亀田楓/バドミントン (2月16日)

『自主性』の可能性

 大きな声援がコート中に響く。チームメートの試合で誰よりも声を張り、部員や観客を盛り上げていた亀田楓女子主将(社=宮城・聖ウルスラ学院英智)。ワセダでの4年間を振り返り「楽しかった」とためらうことなく答えてみせた。しかしそのバドミントン人生は常に順風満帆というわけではなかった。

 

第10回 丸尾亮太郎/バドミントン (2月16日)

2つの役割の狭間で

 ワセダのバドミントン部には監督がいない。選手自らレベルアップに必要なトレーニングを取捨選択し、自由な環境で練習することができる。だが一方で、主将はチームをまとめる『キャプテン』の役割とともに、練習メニューを考案し時にはチームメートに対し指導を行う『監督』の役割を果たさなければならない――。2つの役割の中で苦しみながらもチームを見事にまとめ上げ、全日本学生選手権(インカレ)団体戦ではワセダを準優勝に導いた丸尾亮太郎主将(スポ=群馬・伊勢崎清明)の4年間に迫る。

 

第9回 原田優樹/ボクシング (2月15日)

ゼロからのスタート

 さかのぼること高校時代、きっかけは総合格闘技のジムに通い始めたことであった。原田優樹(文=埼玉・開智)はこの時から格闘技に興味を持ち始め、ワセダに入学後、ボクシングを一から学び主将を務めるまでになった。まったくの素人から部を背負う主将に至るまでには並々ならぬ努力があったに違いない。文武両道に励み、誠実な人柄から人望も厚い原田は自身の4年間を「もっとやれただろうと叱咤したい」と後悔する一方で「よく続けられたな」と自らを褒め称えた。

 

第8回 田川翔太/庭球 (2月14日)

その青春全てを懸けて

 「自分にとって、本当に、青春そのもの」。この4年間を振り返って、そう語った。田川翔太(教=神奈川・湘南工大付)――全日本大学選手権(インカレ)3連覇を達成した、学生テニス界不動のナンバーワンエース。プロ選手の参加する大会でも華々しい成績を収めてきたが、卒業後は一般企業へ就職し、競技テニスから引退することを決めている。現役最後の地となった早稲田大学庭球部は、田川にとって「全て」であった。

 

第7回 遠藤豪・長谷川茉美/庭球 (2月14日)

4年間の経験を糧に

 創部から100年を超える歴史を持つ庭球部。遠藤豪男子部主将(スポ=三重・四日市工)と長谷川茉美女子部主将(スポ=熊本・ルーテル学院)はその伝統を引き継ぎ、さらなる飛躍を目指した。二人の主将には重圧がのしかかったが、全日本大学対抗王座決定試合(王座)において男子が9連覇、女子が8連覇を達成。決して容易ではなかった連覇への道のりを見事に歩みきった。

 

第6回 綿崎啓太/体操 (2月13日)

『努力』

 「自主的な努力が求められた」。綿崎啓太主将(スポ=京都・洛南)は大学時代をこのように振り返る。中高と全国の舞台でトップを争ってきた。そして、大学の舞台でも。幼い頃からひたすら上を目指し続けてきた体操。競技生活に別れを告げたいま、綿崎は何を思うのか――。

 

第5回 長谷部悦郎/馬術 (2月12日)

貫いた挑む姿勢

 「挑戦」――。この2文字こそがこの男を表すには最もふさわしいだろう。何か新しいことを始めたいという思いから小学校から続けていたバスケットボールを辞め、長谷部悦郎(法=埼玉・城西大川越)は大学入学とともに馬術の世界へ。ワセダの体育会の中では珍しく初心者の多い馬術部。今季1年間はその主将を務めチームをまとめながら、選手としても第一線で戦い続けた。

 

第4回 北村和也/ソフトボール (2月11日)

主将としての成長

 昨年、創部49年目にして初めて全日本大学選手権(インカレ)連覇の快挙を成し遂げた男子ソフトボール部。他を寄せ付けることなく王座まで駆け上がったチームを引っ張ってきたのは、主将の北村和也(人=長野・佐久長聖)だ。

 

第3回 塚本直紀/相撲 (2月10日)

背中で見せる主将

 2010年(平22)6月6日、東日本学生選手権。迎えた2部団体戦決勝に登場したのは、当時1年生の塚本直紀(スポ=鳥取城北)だった。ルーキーながらも、実力を見せつけ見事勝利。チームを優勝へと導いた。そんな輝かしいデビューを飾った塚本だったが、相撲部での4年間は決して平坦なものではなかった。何度も悔しさを飲み込み、挑戦し、戦い続けた4年間を塚本は、「悔しかった」と一言でまとめた。

 

第2回 横山貴明/野球 (2月9日)

故郷への思いを胸に

 ピンチの場面で打者を抑え、ガッツポーズを作りベンチへ。いつも試合終盤にマウンドで輝いていたのは、守護神としてその右腕でチームを救い続けてきた横山貴明(スポ=福島・聖光学院)だった。幾度の試練に直面しながら、その度にたくましさを増し、成長してきた。ワセダでの4年間を経て、地元の東北に本拠地を置くプロ野球・東北楽天へ進む横山に焦点を当てる。

 

第1回 東條航/野球 (2月9日)

いぶし銀の主将

 「自分は今までのキャプテンとは少し違う」――。就任時にそう語ったのは今季主将を務めた東條航(文構=神奈川・桐光学園)。チームをリーグ戦優勝に導くことはできなかったものの、4年間を通し自分らしいスタイルでチームプレーに徹し続けた。東條はワセダでどのように野球と向き合い、主将としてどのような1年間を過ごしてきたのだろうか。