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佐藤真海氏が新入生にエール

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2014.04.02

 1日に行われた第3回入学式にて、東京五輪・パラリンピック招致の最終プレゼンでスピーチをし、一躍時の人となった佐藤真海氏(平16商卒=現サントリーHD)がご祝辞を述べた。佐藤氏は新入生に向けたメッセージの中で、早大在学中に発症した病気や早大での生活、スポーツを通して、「自分の限界にふたをしないというチャレンジする生き方」を身に付けたことなどを伝え、新生活のスタートを切った若武者にエールを送った。

 なお、第3回入学式には、文化構想学部、商学部、社会科学部の新入生が参加した。

 以下、佐藤氏が述べられたご祝辞全文である。

◆ご祝辞

 皆さんこんにちは。早大へようこそ。ご入学誠におめでとうございます。私は2004年(平16)に商学部を卒業し、サントリーに勤務しながら3大会パラリンピックに出場してきました、佐藤真海と申します。本日は、きょうから大学生活をスタートさせる皆さんにエールと、いろいろな経験をしてきた先輩として少しアドバイスをさせていただけたらと思います。私は本当にワセダが大好きなので、このような機会をいただいて心から光栄に思っています。私は宮城県の気仙沼出身で、中学校まで気仙沼にいて、高校では仙台育英高、そして早大入学と同時に東京にやってきました。私も十数年前、この場所で友達もいなく、完全にお上りさんの気分で応援部の校歌練習にキョトンとしていた記憶があります。私は子供の頃から大学に行ったらチアリーダーになりたいという夢がありました。なので応援部のデモンストレーションを見て、すぐそのままブースに行き、入部希望の意思表示をしました。それからは授業を受けながら、部活動一色の大学生活1年目となりました。その中でも、特に早慶戦をはじめとしたワセダスポーツの応援に毎週のように通って、その時の思い出というのがいまでも心に残っています。隣の人と肩を組みながら、応援歌や校歌を歌っての一体感というものは本当に素晴らしいものでした。ぜひ皆さんにも学生生活のうちになるべく早慶戦などのワセダスポーツにも足を運んでもらえたら良いなと思います。よりワセダを好きになる場所です。卒業するときには、校歌も3番までばっちり歌えるようになっていると思います。

笑顔で新入生に祝辞を述べる佐藤氏

 部活のチアリーディングの仲間やクラスの仲間もできてきて、大学生活にも慣れて充実していました。そして2年生が終わる頃、3年生から始まるゼミに向けて、きょうもいらしているマーケティングの恩蔵先生のゼミの門をたたきました。そして入れることが決まり、意識の高い仲間と切磋琢磨(せっさたくま)しながら将来に向けて頑張ろうとしていました。大学生活にも慣れて、これから次の夢だというときに足を切断しなければならないという病気になってしまいました。手術、闘病生活はもちろん大変でしたが、それ以上に1年後、3年後、5年後、どのように自分が生きていけるかという姿が全く想像できませんでした。想像してもネガティブに考えてしまい、その時は明るい未来を描くことができませんでした。そういう状況の中でも、退院後すぐに自分の居場所であった早大に戻って、授業に出て、とにかくその時は授業を受けることで必死でした。周りは就職活動で将来の思いをはせていたのですが、なかなかそういう気持ちになれない時に感じたことがあります。それは早大はエネルギーに満ちているということです。私は当時、その力に屈していました。でもそれでそのままにしていくのではなく、自分自身が強くなって負けないようにまた戻ってこようという気持ちを持ち直したことを思い出します。本当にワセダは人種のるつぼと言われますが、面白いくらいいろいろな人がいます。一人一人自由にチャレンジできる風土がある場所だと思います。その中で、自分自身が自分らしさや目標に向かってがむしゃらになるという時間を取り戻すために、私はスポーツを通して一歩前に進み出しました。

 東京五輪・パラリンピック招致のスピーチでもお話ししましたが、スポーツを通して、世界中でトップを目指して集まってくるパラリンピアンの姿を見て、大切なものは失ったものではなく、自分にあるものだということに気づかされました。これは人生においてすごく大事なメッセージだと思っています。それからはないものを嘆かないで、いま自分にあるものを大切にする。その力を最大限に引き伸ばしていく人生を過ごそうと思いました。人生というのは自分の意思で作っていくものだと思っています。自分次第で道は変わっていく、見える景色も変わっていくものだと感じています。私は義足になってから始めた走り幅跳びというスポーツで、自分自身の限界のふたを外すということを身に付けてきました。自分に限界ラインを設けずに、まずは思い切ってやってみる。それで1センチでも2センチでもきのうの自分を超えていく。そのような思いでやってきました。そしていま(競技開始から)10年が経ちましたが、走り幅跳びの記録としても昨年自己ベストの5メートルを更新しました。しかしその記録以上に、生きていく中で自分の限界にふたをしないという、チャレンジする生き方を身に付けたことの方がより宝物だなと思っています。そしていまサントリーの社員としても、自分が経験してきたことを子供たちをはじめとする多くの人に伝える仕事をしています。大学生活は私自身もそうでしたが、夢、出会い、挫折がぎゅっとつまった時間だと思います。その一つ一つがすごく糧になっています。早大には夢を広げられる環境があります。それを活かすかどうかは自分次第です。同級生やOB、先生とのつながりは一生の財産になります。いまでも何かしようとするときに、力になるのはそういった仲間です。ぜひこれから新しい出会いを大切にしてください。

祝辞を終え着席した佐藤氏

 2020年、東京五輪・パラリンピックが決定しました。これまで3大会パラリンピックに選手として出場してきて、そのパワーやエネルギーを感じてきました。それはアスリートとしての競技の本番だけではなく、都市、市民の笑顔、それら丸ごと思い出として残っています。五輪・パラリンピックの影響力というのはその都市、人全てに刻まれていくと思います。2020年の東京五輪・パラリンピックは人生で一度の生で触れるチャンスかもしれません。だからこそ他人ごとではなく、一人一人関わってほしいと思います。どんな形で関われるかは皆さんそれぞれに想像してほしいです。2020年以降に、若い世代が活躍できる日本にできるように、もう一度明るい日本を取り戻せるように、そういったことをイメージしています。最後になりますが、大学時代は一生に一度の本当に自由な時間です。一日一日を大切にして、思い切って楽しんでください。そして2020年、2021年以降のために共に頑張っていきましょう。本日は誠におめでとうございます。

(記事、写真 佐藤裕樹)

◆佐藤真海(さとう・まみ)

1982(昭57)年3月12日生まれ。走り幅跳び競技。宮城・仙台育英高出身。平16商卒。サントリーホールディングス株式会社コーポレートコミュニケーション本部CSR推進部所属。早大入学と同時に、憧れだったチアリーダーを目指し応援部に入部。しかし在学中に骨肉腫を発症し、2年時に右足膝下を切断し義足の生活となる。1年間の治療とリハビリを経て、走り幅跳び競技を始めると、アテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピック出場を果たす。昨年4月には、ブラジルオープンで5メートル02の日本記録を更新するなど現在もアスリートとして活躍中。